567発目 小説の主人公になった気分の話。


ライナーノーツ

 

~壁に向かっていつも

つぶやいているばかりじゃ

誰も耳を貸さない

誰も助けてくれない~

 

まとわりつく糸のような雨が降っていた。 そこにいた数人は壁に背を向けて、そこに少しだけ突き出た庇で雨を避けている。 一同は執拗に何かに取り付かれたかのようにスマートホンに夢中だった。だが、一人だけは違っていた。

 

白地にミッキーマウスが何人も、いや何匹も描かれたスカートを履いた女性は、挑発的な赤いハイヒールで塗れた路面を蹴りながら、大きな声を出した。 驚いてそちらを見るが女性とは眼が合わない。周囲で雨宿りをしている人たちも係わり合いになりたくないのか、それとも彼女の存在に気づいてないのか誰もスマートホンから目を上げないでいる。

 

雨は音もなく降り続けているが、女性は一向にしゃべるのをやめようとしない。全員が壁に背を向けているのに彼女だけは壁に向かって延々としゃべり続けている。

 

話しかけるのが嫌だったので、周囲にあわせてスマートホンを鞄から取り出した。 検索窓に 「独り言が多い人」 と入力し検索結果をざっと眺めてみた。

 

「独り言が多い人の心理的特長」 というサイトがヒットした。  独り言が多い人は精神的に何か問題を抱えている場合が多いそうだ。それを踏まえた上で以下のような特徴に分類される。

①自分を安心させている。
②周囲にアピールしている
③考え事をしている
④孤独感をなくしている
⑤周囲を気にせずマイペース
⑥助けを求めている。

 

気になったのは⑥だった。 助けが欲しいにもかかわらず、プライドが邪魔して素直に伝えることが出来ない、らしい。 「急に大きな声を出したり、笑ったりする」

 

そこまで読んだときに女性が大きな声で笑い出した。

 

「みゆちゃん、やだあ!」

 

驚いて顔を上げ彼女のほうを見る。 声は笑っているが顔はまったく笑ってない。眼の奥に深い深い闇を見た気がした。さらに彼女は続けた。

 

「いい加減にしないと怒るからね!」

 

傘もささずに小雨に濡れそぼった髪の毛を右手でかき上げながら、鋭い視線で壁を見つめながら言い放った言葉は、壁に跳ね返り私の耳に反響した。 言葉の一つ一つが濡れたアスファルトに落ちていくようだ。

 

彼女は助けを求めている。 だが、その手を差し伸べる相手が私とは限らない。 サイトにはこうとも書いてあった。

 

「早めに精神科や専門医に診て貰うべきでしょう」

 

右手の方角からバスがやってきた。バチャバチャとしぶきを上げながら走るバスを見て、今更ながらに雨脚が強くなっていることに気づいた。 バス停の前でバスが停まる。 私は急いでバスに乗り込む。 周囲の人達も我先にと乗ってきた。 だが、彼女は壁のほうを向いたままバスに乗って来ようとしない。

 

不思議な気持ちで私はバス停を後にした。 同じバス停から乗ってきた二人の若い子が「気味悪かったね」などと悪態をついている。 確かに気味が悪かった。だが、私の心にはそれとは違う、何か澱(おり)のようなものがどす黒く溜まったような気がした。 気になったんだ。彼女のことが気になっているんだ。 バスは無常にも彼女一人をバス停に残し走り去った。 私はいつまでも後ろの窓から彼女の姿が小さくなり、やがてなくなるまで見つめていた。

 

彼女の姿が見えなくなり、私は進行方向に向き直った。私のそばに立つ先ほどの若い子二人が楽しそうに話していた。

 

「車を運転してるわけじゃないのにさぁ、何でイヤホンマイクで話すんだろうね?」

 

え?

 

独り言じゃなかったの?

 

マギラワシイ

 

合掌

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