560発目 諍いの話。


ライナーノーツ

 

諍い【いさかい】
日常茶飯事のように繰り返されるちょっとしたけんか。
(多く、口げんかを指す)

 

文字通り、「言い争う」って書くくらいだから、まさに「諍い」ってぴったりの言葉だな。

 

では、「諍い」をする状況とはどういう状況かを考えてみる。 おそらく、お互いに相手より上の立場で物言いをしようとする状態である、と推測される。だからお互いが一歩も譲らず、決着のつかない口げんかとなるのだろう。

 

夫婦喧嘩で収束しないケースはこれにあたるのか?お互いがお互いをけなしあい、やがては離婚へと発展する。こうなったら収束はすなはち、別離を意味するのだろう。

 

「ねえ、どうしてオナラするとき、私の方のお尻を上げるの?」

 

「右利きだからかなぁ?」

 

「そう思ったから、こないだから左に座ってるの!なのにあなたったら、今度は左のお尻を上げてやってるじゃない!」

 

「うるせえな!たまたまだろ?」

 

「毎回よ! 大体、なんで同じもの食べてんのに、あなただけそんなに何度も何度もぷっぷぷっぷ、おならが出るのよ!信じられない!」

 

「こっちが知りたいよ!」

 

「会社のときはどうしてんのよ?」

 

「我慢してるに決まってんだろ!」

 

「じゃあ、どうしてオウチだと我慢できないのよ?」

 

「家にいるときくらい好きなように屁コキたいんだよ!」

 

「もう嫌!実家に帰る!」

 

さあ、たかがオナラと侮る無かれ。こう諍いが始まったら、夫婦はもう別れるしかない。だが逆に言うと「別離」することで収束が得られるのなら、夫婦のほうがまし、と言うことにならないか?これがまったくの赤の他人同士の諍いの場合は、どうしたら良いか?

 

良い、方法を思いついた。

 

「仲裁」だ。

 

JR桜木町駅に近いところにあるラーメン屋は店先の幟に「家系ラーメンのトップを目指す!」と書いてあった。私はこのからくりにすぐに気がつく。「ああ、つまり今はトップではないのね。」と。そしてこの時点でまさか私が諍いを仲裁する立場になろうとは想像もしてなかった。

 

そもそも「家系ラーメン」ってのがいったいどんな味なのか想像もつかない。通常、ラーメンはスープの味を「ラーメン」の前につける。トンコツとか醤油とか味噌がそうだ。 そうでない場合は地名だな。長浜ラーメンとか喜多方ラーメンとか。「家系」ってのは味じゃないな。聞いたことないもん。 じゃあ、あれか?地名か?

 

もう一度、駅のほうに戻って駅周辺の地図を見てみる。だが、「家系」という地名は無い。 ふと、気がつく。 神奈川県じゃないところに「家系」っていう地名があって、店主がそこの出身なんだ。広島の人が東京でお好み焼きやをやるみたいなもんか?

 

ま、いいや。ここでお昼ご飯を食べよう。店主に聞いたら分かるだろう。

 

のれんをくぐると罵声が聞こえてきた。

 

「御代は結構です!」

 

「うるせえな!払うつってんだろ!」

 

「いらねえって言ってんでしょ!」

 

店内を見回すと、客は私とその怒号を上げているおいさんと、そのおいさんの連れと思しきおばさんだけだった。私は知らん振りでカウンターに座る。店主とおいさんがチラリと私の方を見た。店主は小さな声で「らっしゃいませ」とつぶやいた。

 

「おい!まだ終わってねぇぞ!」

 

「他のお客さんに迷惑なんで帰ってくださいよ!」

 

「表出ろよ!てめえ!金は払うんだぞ!客だろ、こっちはよ!」

 

「うるっせえな!ちきしょう!警察呼びますよ!」

 

警察と言う言葉においさんは反応した。さすがに警察沙汰はまずいと思ったのか?

 

「おい!兄ちゃんはどう思うよ?」

 

おいさんは急に私に話しかけてきた。

 

「は?何が?」

 

「だからよ!チャーシューだよ!」

 

「俺はまだ注文もしてないんよ。おいさん、何で怒っとるんか分からんけど、ちょっと静かにしてくれんかね?俺はラーメンを食べに来ただけなんよ!」

 

「なんだと!てめえ!その口の利き方は何だ!喧嘩売ってんのか!」

 

今度はこちらに噛み付いてきた。

 

「ちょっと!マジで警察呼びますから」

 

店主はそう言って私の味方をした。あれだな、いわゆる敵の敵は味方って心理だな。そしてカウンターの上のピンクの電話に手を伸ばした。

 

「ちっ!また来るからな!今度までにしっかりチャーシュー増やしとけよ!おい、行くぞ!」

 

おいさんは隣のおばさんを促して店を出て行った。

 

「すみません。お見苦しいところをお見せしちゃって。」

 

店主は私に向かって丁寧に頭を下げた。

 

「いったい、どうしたと?なんであのおいさん、あげん怒っとったと?」

 

「いやあ、実はですね、そこのほら、メニューに載せてる写真があるでしょ?それよりチャーシューが少ないって言ってですね。まあ、いちゃもんですよ。こっちはちゃんと写真のとおりチャーシューは4枚乗せてるんです。」

 

「あらま、それは災難でしたね。」

 

「ところでお客さんは九州の方ですか?」

 

「ええ、そうです。福岡です。転勤で横浜に来たんです。」

 

「それはそれは。今日はちょっとお見苦しいところお見せしたんでチャーシューをサービスしときます。」

 

「わお!うれしいな! ところで家系ってどんな味なんですか?」

 

「ああ、横浜は家系のラーメン屋が多いんですがウチのは本家本元のトンコツ醤油です。味には自信がありますんで、どうぞ。」

 

そう言って店主が出して来たラーメンにはチャーシューが4枚しか乗ってなかった。あれ?サービスは?

 

今度は私が文句を言う番なのだろうか?

 

諍いは避けたいのだが・・・

 

シカモ アジハ、マズカッタ

 

合掌

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