547発目 野球の話。


ブイブイ

 

 歴史上、偉人と言われる人々は例外なく名言を残している。偉人の残した名言に感銘を受け、仕事に取り組む姿勢が変わったり、新たなことへのチャレンジに繋がったりと、人々の生活に少なからず影響を与えている。

 

名言と言われる言葉は、常に自分を高めようと心がける人が折に触れて思い出し、自分の励ましや、戒めとする言葉のことである。

 

その事を、一般的には「座右の銘」という。

 

「座右」とは「身辺」という意味の漢語表現である。「銘」とは戒めの言葉という意味だから、まさに、座右の銘は「身近においておくべき戒め」のことだろう。

 

そんな、戒めを身近に置く人は、これもまた例外なく常に高みを目指す人、今風に表現すれば「モチベーションの高い人」という事になるだろう。

 

そういえば、「モチベーション」という言葉を乱用している人をよく見かける。だが、得てしてそうゆう人ほど、「それ、どういう意味ですか?」と聞かれると答えに窮する。なんとなく雰囲気で理解し、こうゆう時に使うんだな、と理解しているから、言葉の正確な意味を説明できない。 だから、やたらと「モチベーション」って言う人のほとんどは「モチベーションが低い」と思っても良いだろう。

 

「モチベーション」とは人が何かをしようとする際の動機づけや目的意識、という意味だ。正確な意味も分からないのに、ソレを調べようとする「動機づけ」がない上に、正確にその言葉を使おうという「目的意識」もないわけだから、モチベーションが低いと言われても文句はないだろ?

 

話が逸れたが、私の座右の銘は「偉くなくとも正しく生きる」だ。

 

これは誰の言葉かというと、知っている人は少ないと思うが「吉田君のお父さん」だ。

 

かつて、ビートたけしがメインのバラエティ番組「天才たけしの元気が出るテレビ」に出ていた、一般人のおじいさんのことだ。

 

彼はテレビ出演時に牛を連れて現れ、テレビカメラに向かって「がちょ~ん」と谷啓のモノマネをするという、ただそれだけのおじいさんだった。

 

だが、私はこの言葉を聞き、脳天に稲妻が走ったような衝撃を受けた。

 

それまでの私は偉い大人になろうと苦しみもがいていた。だが、この言葉でスッキリした。偉くなくてもいいんだ!正しく生きる!それがなんて素晴らしいことだろう!と。

 

アレから30余年。私は、予定通り、ちっとも偉くならなかったし、予定に反してちっとも正しく生きなかった。

 

他人のことをあ~だこ~だ言う割には自分が最も「モチベーション」の低い人間だったのだ。

 

そのことに気がつき、そして苦悩し、思い余って、誰かにすがりつきたくなった。

 

幸い、私はこの様に、心に痛手を負ったときに相談すべき友達がいる。 今回は中学時代からの友人に電話をかけた。たくさんいる友達の中で、唯一、携帯電話番号を暗記している友だ。

 

「おう。久しぶり。どしたんや?お前から電話なんち、珍しいのう。」

 

彼はいつもどおりの口調で応えてくれた。

 

「おう、実はの。ちょっと悩んどっての。聞かせて欲しいんやが、お前の座右の銘っちゃなんや?」

 

「は?座右の銘?それなんか?」

 

なんと!彼は45歳にもなるのに座右の銘を知らないのか?

 

「あれよ。なんかいい言葉よ。なんかあろうが?自分の気持ちを高めるときに思い出す言葉とか。」

 

「ああ、そっちの座右の銘ね。」

 

そっち? ほんならもう一つは何や?と聞きたい気持ちをぐっと抑えた。

 

「それやったら、あれやの。」

 

彼は勿体つけた。 十分にたっぷりとした「間」を取って、そしてこう続けた。

 

「綺麗な3分戦は強い逃げ屋の裏表で買え」

 

私はあまりの出来事に携帯電話を落としそうになった。

 

「お前、それ、競輪の車券を買うときの鉄則やないか。」

 

「ああ、これじゃ無いんか?」

 

「それが座右の銘のわけなかろうが!」

 

「ま、でもあれよ。ほんなら、あれや。」

 

「何や?」

 

もう既に私はあきらめムードになっていた。

 

「悩んでもハゲるだけ」

 

「な~~~んや、それ! もうええ! お前に聞いた俺がバカやったわ。じゃあの」

 

私はそう言って電話を切った。 まるっきり役に立たない無駄な時間だった、と思ったが、電話を切った後の私は少し、心のもやもやがとれ、スッキリした気分になっていた。

 

 

翌日、今度はその友から電話がかかってきた。

 

「おお、サトル。 昨日のあれの、分かったわ。俺の座右の銘」

 

「ああ、もうその話はいいんよ・・・」

 

「まあ、聞け」

 

彼は有無を言わせない雰囲気だった。

 

「常にセンター返し」

 

「お前ね・・・」

 

「まあ、聞けっちゃ。 これはの、どうゆう意味かっち言うとの」

 

またもや勿体つけた。

 

「どんな速球も、変化球もセンター返しの気持ちで素直に打ち返せってことよ。」

 

「それを、どうビジネスに置き換えるん?」

 

「ビジネス? 違うっちゃ。野球の話しぞ!」

 

 

モウエエワ

 

合掌

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