546発目 教訓の話。


浦ちゃん

 最近、世間を賑わせているCMの一つに携帯電話のCMがある。 観ている人も多いと思う。 浦島太郎、金太郎と桃太郎の3人が出演しているあれだ。 この3人に関してはCM上の演出でそれぞれを「金ちゃん」「桃ちゃん」「浦ちゃん」と呼び合っている。金太郎の本名は坂田金時という。そこから金太郎と呼ばれるに至った。つまり「坂田金太郎」ということだ。 桃太郎は苗字は不明だが桃から生まれたので、そう呼ばれることになる。 なのに浦島太郎だけは苗字が浦島なのだ。 だとするとこの3人は金太郎と桃太郎と太郎のお話ってことにならないか?

 

3人の境遇を比較してみると、桃太郎は最終的に鬼退治をする話。金太郎は動物達と栗拾いにいき、熊と相撲をとって動物達に平穏をもたらす話。 ざっとあらすじを説明するとこうだ。 二人とも英雄視されている。

 

ところが、太郎、つまり浦島くんだけは違う。 浜辺でいじめられている亀を助けるという善行をしたにも関わらず、一方的にお礼と称して竜宮城で軟禁し、最終的に成長の過程をすっ飛ばして老人にされてしまうという仕打ちを受ける話だ。

 

読めば読むほど 「浜辺で亀を助けるのはやめとこう」 という気持ちになる。 何故、いじめから開放してやるという善行に対してこのようなひどい仕打ちをしたのか? 亀は本当にお礼がしたくて竜宮上へ連れて行ったのか? この物語の真意を測りかねているのは私だけだろうか?

 

分かりやすいように現代に置き換えて、歴史を紐解いて行こう。

 

浦島くんは大学を卒業して某大手電機メーカーに就職した。営業として配属された1年目は、先輩の雑用をするだけだったが、2年目からはルートの一つを任されるようになった。

 

浦島くんの担当は主に住宅メーカーやマンションデベロッパーだった。新築住宅が建築されたときに浦島くんの会社の照明器具を納入してもらう。新築のマンションの共用電器やエントランスの照明などを購入してもらう。そのために日々、そのルートを営業して廻るという内容の仕事だった。

 

取引先とも良好な関係を築き、各社の担当者からの信頼も得られるようになった3年目にその事件は起こった。

 

とある住宅メーカーの営業担当は、彼が担当する顧客のほとんどを浦島くんに紹介し、室内照明のプランニングから施工までを紹介していた。浦島くんの営業成績の大半が彼からの紹介だった。 浦島くんにとっては頭の上がらない存在ではあったが、彼は浦島くんに対して決して威張ることをせず、無理難題を吹っかけてくることもなかった。 その真摯な態度に浦島くんも信頼を寄せ、いつしか二人で飲みに行くときは接待ではなく割り勘で行くような間柄にもなっていた。

 

彼、つまりその住宅メーカーの営業マンの名前をヤマシタ(仮名)という。ヤマシタは常日頃から「ウィンウィンの関係」と言ってくれていた。後に分かることだが、ヤマシタは、この「ウィンウィンの関係」という言葉の意味を理解しておらず、「カッコ良さそうなので使っていた」と供述している。

 

浦島くんの3年目上半期はヤマシタからの紹介があったおかげで年間目標の8割を達成していた。そのため、会議で下半期の目標を大きく上方修正し、上司からも一目置かれるようになった。 会議があったその日、同僚達と池袋の街に飲みに出かけた。上半期の慰労会を兼ねていた。

 

居酒屋での1次会を終えた浦島くん達は、西口に移動した。お姉ちゃんがいるところで2次会をしようという事になったのだ。だが、まだ社会人3年目の浦島くん達はお店に詳しくない。案内所でどんな店にしようかと案じていたところ、路地の奥まったところから怒声が聞こえた。

 

「ざけんじゃねえぞ、てめえ」

 

もともと正義感の強い浦島くんは空手の有段者であるため、万が一のときは応戦するが、やばくなったら警察を呼んでくれと、同僚に頼み路地の奥へと進んだ。同僚たちは一様に「やめとけって」と止めはしたが、浦島くんが空手の有段者ということを知っていたので、静観することにした。

 

「ちょっと、何やってるんすか?」

 

背中を向けているチンピラの肩を掴み、そう言った浦島くんが見たのは、路地奥で鼻血を出してうずくまるヤマシタだった。

 

「何だ?てめえは、ああん?」

 

チンピラは浦島くんにすごんで見せた。 浦島くんは胸倉を掴んできたチンピラの右手を軽くひねり上げ、ぐっと顔を近づけた。

 

「その人は私の知り合いなんです。なんだったら、僕が相手しましょうか?」

 

そのあまりの剣幕にチンピラはひるんだ。 ここがチャンスとばかりに浦島くんは畳み掛けた。

 

「怪我したくないなら、もう行ってください。警察にも言いませんから」

 

チンピラはドラマでも聞かない様な「覚えてろ」という陳腐な捨て台詞を残して足早に去って行った。浦島くんはヤマシタに声を掛ける。

 

「大丈夫ですか?」

 

「おお、浦島くん。助かったよ。ちょっと酔っ払って絡んだら逆にやられちゃった。いやあ、お見苦しいところをみせちゃったね」

 

ヤマシタはちっとも悪ぶりもせずに、しれっと答えた。浦島くんはハンカチを出し、鼻血を拭いてやった。

 

「ホントに助かったよ。浦島くんは今から飲みに行くの?だったらお礼にご馳走させてよ。」

 

「連れがいるんで聞いてみます。」

 

浦島くんは表通りに戻り同僚に告げた。

 

「俺の担当している住宅メーカーのヤマシタさんだったよ。助けたお礼に飲みに行こうって言ってるけど、どうする?」

 

「ああ、あのヤマシタさんか。お前の成績のほとんどを紹介してくれてるって、さっき言ってた人だろ?ちょうど良かったじゃん、連れて行ってもらおうよ。」

 

「ああ、そうだな。」

 

こうして浦島くん達はヤマシタに連れられて1件のビルに入っていった。

 

豪華な扉を押し開けると、そこは金色に輝くシャンデリアと鏡のように磨きこまれた床に反射した間接照明の光で、まるで天国のようにきらびやか場所だった。黒いスーツを着た店員が恭しくヤマシタに頭を下げている。

 

「いらっしゃいませ、ヤマシタ様。いつもありがとうございまず。4名さまですね?ご指名はありますか?」

 

「いや、今日はフリーでいいよ。」

 

慣れた感じでヤマシタは店内に入っていった。店員に案内されて通された席はふかふかのソファーに、これもまた磨きこまれたガラステーブルだった。 少ししてやってきた女性たちは4人ともきらびやかなドレスに手の込んだ髪型をしていて、その4人ともが浦島くんが見たこともないくらい豪華な女性に見えた。

 

「さっきは本当にありがとう。さ、乾杯しよう」

 

ヤマシタの号令で4人はグラスを傾けた。しばらくはワイワイと雑談をしていたが、ヤマシタは明日が早いから先に失礼するよ、と言い、席を立った。

 

浦島くんは出入り口までヤマシタを見送った。

 

「ヤマシタさん、今日はありがとうございました。実はこういう店に来るのは僕ら初めてで、戸惑ってたんです。いいお店を紹介していただきありがとうございました。」

 

浦島くんは深々と頭を下げた。ヤマシタは「いいって、いいって。こっちの方が助けてもらったんだからさ。ウィンウィンだよ。」と言い、そそくさと去って行った。

 

小一時間ほど楽しんだ浦島くん達は、そろそろ帰ろうという事になり会計を頼んだ。女の子が先ほどの黒いスーツの店員を呼び両手の人差し指を交差して合図を送った。「チェック」

 

ほどなく伝票を持った店員が現れた。黒い皮のケースに折りたたまれた伝票を開いてみると、そこにはこう書かれてあった。

 

「248,000円」

 

 

つまり、そういうことだよね。 せっかく正義感を出して人助けしたのに、こんな仕打ちだよね。かわいそうな浦島くん。

 

 

ナンノコッチャ

 

合掌

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