542発目 ドリフの話。


8時だよ全員集合

 相手の電話は話中のツーツーという音が鳴るだけだった。車の運転中に電話をかける訳にもいかないので、折り返しの電話が来るのをコンビニエンスストアの駐車場で待つことにした。

 

目の前の幹線道路はさほど交通量も多くなく、ただ雪がシンシンと降っているだけの退屈な風景だ。道路に向かって、つまりコンビニエンスストアに背を向けて右側から女子大生と思しき若い女性の集団が歩いてきた。 見たところ二十歳前後と思われる。 雪道に転ばないように背を丸めて歩く年寄りと違って、暖かそうなブーツを履いて軽快に歩いている。

 

ああ、若いっていいな、と思える光景だ。5人の集団は3人と2人に分かれている。おそらく5人で一組の仲良しグループなのだろうが、その中でも3人と2人に分かれるのは、まるでドリフターズのようだった。2人の女の子は他の3人よりも少しだけ派手に見える。つまり志村けんと加藤茶だ。

 

仲良しグループはこの二人が牽引しているに違いない。

 

志村けんは髪を栗色に染めゆるいパーマをかけている。一方、加藤茶は髪を無造作に後ろで束ね、濃い目のメークを施している。二人とも、いわゆる美人の部類だろう。

 

もし、私が彼女達と同世代なら、と思いをめぐらせる。

 

きっと、なんとかして5人グループに近づき、そして志村けん、もしくは、加藤茶の気を引こうとするだろう。どうやって? そうだな、まずは笑わせることから始めるだろうな。

 

例えば、一緒にご飯を食べに行こう、と誘う。もちろん5人とも、をだ。こちら側も5人の男子を用意する。私以外の4人は極力見た目の良い男前を用意するだろう。ただし、中身のない男前だ。いわゆる軽佻浮薄な男達だな。 私はトーク力とギャグで勝負だ。 合同コンパ形式が気軽で良いだろう。 1次会は居酒屋で2次会はカラオケボックスがいいだろうな。 居酒屋は出来れば靴を脱いで上がるお座敷が良いだろう。何故か? 店を出るときにやるギャグがあるのだ。

 

私は誰よりも早く席を立ち、他の全員の靴を下駄箱から出して並べる。気の効いた所を見せるため?いや、違う。 そのときに志村けん、もしくは、加藤茶の靴を私が履く。 本人は自分の靴がないことに気がつく。私は心配そうな顔をして、一緒に探してやるそぶりを見せる。そのうち、彼女は自分の靴を私が履いていることに気がつく。

 

「ちょっと~、やめて~、広がる~!」

 

はい、ウケた。

 

うん。良い作戦だな。ま、いずれにしても志村けん、もしくは、加藤茶の気を引けば勝ったも同然だ。

 

ふと、店内から男性が出てきた。彼女達と同世代くらいの男だ。絵に描いた様な軽薄そうな男だ。ドリフターズに気がついた男は人差し指でキーホルダーを廻した。

 

私はその仕草を生で見たのは初めてだったので、驚いた。が、次の瞬間 彼が5人の内の誰かの気を引こうとしているのだと気付いた。

 

彼は車に乗るとエンジンをかけた。ブオンブオン。アクセルを空ぶかししている。ドリフターズもその音に気がつき車のほうを見ている。男はまたもアクセルをふかした。

 

ブオンブオン

 

志村けんが横にいた仲本工事にヒソヒソと話しかけている。きっと「や~ね~」と言っているのだろう。確かに5人とも鬱陶しそうな表情を浮かべていた。男はそのことに気がついていない。尚もアクセルをふかし、そのままバックで車道に勢いよく出た。

 

左右も前後も確認せずに飛び出したが、幸い車道に他の車の姿は見えなかった。

 

きゅるきゅるきゅる。

 

イキガリは度を越していた。

 

男は車のハンドルを切ると急旋回して車道の進行方向に向けようとした。とても派手なアクションだ。ドリフターズの気を引くには充分すぎた。というより彼女達はもはや嫌悪感しか抱いてなさそうだった。

 

ずる~ん。どかん。

 

雪道で制御の効かなくなった車は中央分離帯に乗り上げた。衝撃で前輪が外れ、タイヤが私達のほうに転がってきた。ドリフターズはその姿を見てクスクス笑っていた。

 

なるほど。これは気をつけなきゃいけないな。気を引こうとして調子に乗ったら笑われるか、嫌われると言うことか。女性の靴をわざと間違って履くと笑われるか嫌われるぞ、ということか。この場合の笑われるは、私が望む笑われ方ではなく、嘲笑の方ね。

 

ドリフターズは嘲るようにその場を立ち去って行った。 車から降りてきた男は名残惜しそうにドリフターズの後姿を目で追い、次に外れたタイヤを見つめがっくりと肩を落としていた。

 

青年よ。失敗だったな。私が君に贈ることの出来る言葉はこれしか思いつかないよ。

 

ダメダコリャ

 

合掌

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