出張のついでに友人の住む埼玉へ
足を伸ばしてみました。
埼京線で池袋から向かいました。
池袋は普段私が利用する
札幌の地下鉄と比べても
人の多い駅です。
埼京線にもたくさんの人が
乗ってきました。
私は大宮までの長い行程を
立って過ごす覚悟を決めました。
ところがこんなに混んでいる
電車の中に一つだけぽっかりと
空いてる席があったんです。
そう、まるで大地に空いた
落とし穴のように。
私は事情も分からず
誰も座らないなら
おいらが、へへへ、と
下衆な笑いを浮かべながら
座りました。
そうなんです。
今思えばあんなに混んでいるのに
ひとつだけ空いていたことを
疑問に思うべきでした。
軽率でした。
座ってすぐに私は鞄から
本を取り出し、読もうとしました。
ところが隣に座るおじさんが
『う~~~っぷす』
と、割と大きな声で言うんです。
え?なに?
と思いました。
周囲の人は知らん振りです。
『しゃ~おらぁ。』
って言ってます。
で、足を広げて座りなおしました。
足を広げたことで、おじさんの足が
私の膝に当たりました。
でもおじさんは足を閉じません。
若い女の子のふとももを
感じるのなら私も我慢します。
でも、見ず知らずのおじさんの
足のぬくもりは我慢ならんのです。
私は意を決して左手で
おじさんの足をぐいっと
押しました。
案に相違しておじさんは
素直に足を閉じました。
でもすぐに何事も
なかったように
『うぃ~~~~~~っぷす』
って叫びました。
やはり周囲は知らん振りです。
もちろん、静かな車内に
響き渡る大声も耳につくんですが
なによりも私が気になったのは
『うぃ~~~~~~っぷす』
の意味です。
どういう意味だろう?
それからもおじさんは
駅に着くたびに
『うぃ~~~~~~っぷす』
って言ってます。
『しゃ~おらあ。』
とも言ってます。
酔っ払ってるのかとも
思いましたが、
隣に座る私にはお酒のにおいは
確認できませんでした。
どちらかというと私のほうが
お酒臭いのではないでしょうか?
隣で見ているとなんだか
おじさんがすごく気持ちよさそうに
叫ぶのが更に気になりました。
『うぃ~~~~~~っぷす』
ちょっと真似して言ってみようかな?
いや、そんなことしたら
周囲から奇異な目で見られるぞ。
ん?
周囲から奇異な目で見られるか?
誰も見てないぞ。
いや、これは
見て見ぬ振りだな。
かわいそうなおじさん。
せっかくの渾身の
『うぃ~~~~~~っぷす』
が誰にも見てもらえないなんて。
さっきは足をぐいってして
ごめんね。
オレが見届けてやるよ。
そう心の中でつぶやき
私はおじさんの
『うぃ~~~~~~っぷす』
を直視しました。
私の視線を感じたのか
おじさんは私をじっと
見つめてます。
目も合ってます。
私はその視線を外さずに
おじさんをじっと見ました。
見て欲しかったんだろ?
おじさあん。
誰かに『うぃ~~~~~~っぷす』
を見て欲しかったんだろ?
おじさんは、たっぷりと
時間を掛けて私をみつめ
こう言いました。
『なに見てんだコノヤロウ!』
あ、そっち?
やっぱ、そっち?
私はあまりにもまともな
反応に拍子抜けしつつ
おじさんに言い返しました。
『うぃ~~~~~~っぷす、なんて
叫んでたら誰でも見るやろうも?
オレの地元にも札幌にも
そんなヤツはおらんぞ。
見られたくないなら
もう言うな。うぃ~~~~~~っぷす
って言うな。』
そう言った瞬間、車内が少しだけ
ピリついた感じがしました。
でもおじさんは私に
こう言い返しました。
『東京だとあたりめぇなんだよ
兄ちゃんよう。
どこの田舎モンか知らねぇけど。』
なるほど、と思ったが
私の右隣の人が
小さな、ごくごく小さな声で
『東京にもめったに
いねぇよ。』
って言ってました。
しかも、ここ
埼玉ですしね。
ヘンナオヤジ
合掌