486発目 止まない雨の話。


ライナーノーツ

 

『あ!ちょっと、あんた!』

 

おばちゃんが私に近づいてくる。

 

車を降りたところで

突然の雨に見舞われて

仕方なくお店の軒先で

雨宿りをしているところだった。

 

てっきり、軒先を勝手に借りたことに

対するクレームかと思った。

 

『困るのよね~、こんなこと

されちゃあ。』

 

おばちゃんは私の傍らに立つと

私の後方を指差した。

 

おばちゃんの指が差す方に

視線を動かす。

 

緑色の自転車が停まっていた。

 

 

『2週間くらい前から

停めてるでしょ?

迷惑なのよねぇ。

ココに停めないでくれる?』

 

『いや、私はちょっと雨宿りを・・』

 

『若い人ってすぐそうやって

言い訳するでしょ?

あなた、昨日もそうやってそこで

突っ立って何時間も向こうを

見てたじゃない。』

 

このおばちゃんは一体、何を

言ってるんだろう?

 

私はこの界隈には今日始めて

来た。そしてまだココに来て

5分も経ってない。

 

『それに何なのよ、

いやらしい、その色。

全く、怖いったら

ありゃしない!』

 

その色? この緑の

自転車のこと?

 

『あの、その自転車の

ことでしたら、私のじゃ

ありませんから。』

 

『何言ってるのよ!

私見てたのよ!

あなた2週間前もココで

そうやって携帯電話で

話しながら緑の洋服で

自転車にまたがってたじゃない!』

 

え!

洋服も緑?

もう、それはミドレンジャーでしょ?

 

『いや、私はここの向かいの

駐車場を売却して欲しいと

頼まれたので現地を見に来た

不動産業者で、自転車の

持ち主とは関係ありません。

それに、ほら、そこ。』

 

私は自分が乗ってきた車を指差した。

通りの反対側に置いている。

 

『ほら、だから自転車とは

無関係ですよ。』

 

『じゃあ、誰のよ!』

 

『知りませんよ!』

 

ちょっとムキになってしまった。

するとお店の中から若い女性が

現れた。

 

『ちょっとお母さん、なに大きな

声出して! 何してるの?』

 

ふと私の存在に気がついた女性は

軽い会釈をして来た。

 

私は会釈を返し、こう言った。

 

『この方の娘さんですか?

私、さっきからこの自転車の

持ち主だとか言って

お宅のお母さんに因縁つけられて

るんですけど。』

 

私は多少、怒りを交えて

娘に訴えた。

 

『ええ~! すみませ~ん。

ウチの母は思い込みが

激しいから。

本当に失礼しました。』

 

娘は深々と頭を下げ

丁寧に謝罪した。

 

『ほら、お母さんも

謝ってよ。』

 

『え~、この人だったでしょ?

緑の服着てた。』

 

『違うわよお母さん!

あの人はもっとモデルみたいな

人だったでしょ!

カッコいいわねぇって

お母さんも言ってたじゃない!』

 

『あ!そうかそうか。

ごめんねお兄ちゃん。』

 

どうやら私への嫌疑は

晴れたらしい。

 

だが、どうだ?

 

この、後味の悪さ。

 

この親子、気付いてないけど

やんわりオレを傷つけたぞ。

 

『すみませんでした。』

 

娘がもう一度頭を下げた。

 

なんだろうな。

 

何か釈然としないな。

 

 

 

雨はまだ止まない。

 

カエロット

 

合掌

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