441発目 それがどうしたと言う話。


ライナーノーツ




スプレーで様々な落書きがされた壁があった。地元の暴走族などが自分たちの存在を誇示するために描いたものと思われる。 壁への落書きは英語で『graffiti』という。 『グラフィティ』と書いたほうがなじみがあるか? アメリカで廃墟となった建物の壁などに実に芸術的な落書きを施して今では観光名所になっているくらいである。かの有名なキースヘリングも、このストリートのグラフィティアート出身だ。 日本でもそのブームはあるようで、東京などで電車に乗ると、ものすごい場所に芸術的な落書きがされているのをよく見る。

だが、田舎で見かける前述のような暴走族の落書きは、英語で言うところの『graffiti』なんかではないと、私は思っている。 芸術性のかけらもなくメッセージ性すらない。 これらは英語では『doodle』と表現したほうが的確だろう。 『退屈なときにするいたずら書き』と訳す。 ほら、こっちの方がしっくり来るだろう?

福岡市と北九州市の間に位置する福間町、現在では市町村の合併により福間市となっている街は海に囲まれた風光明媚な街だ。 海岸沿いに点在する海水浴場には毎年、夏になると若い男女や家族連れが押し寄せて来る。 そして夜になると、呼んでもいないのに暴走族が集まって、壁を落書きで埋め尽くす。

なかでも目を覆いたくなるような稚拙な落書きには辟易とさせられる。

『3台目 福間暴走連合 参上!』

などがそうだ。 あきれて物が言えない。 『3台目』って、あんた。 多分『3代目』って描きたかったんだろうな。でもバカチンだから字を間違って、結果おそまつな落書きになってしまったんだろうな。

 

 

私の友人に数学が得意なヤツがいた。大学は別だったがとにかく数学が得意で最終的には数学の学位を獲り、現在では大学で数学を教えている。 彼と夜のドライブをすると様々な数学薀蓄を教えてくれた。 バイト先で知り合った彼は出会ってすぐに意気投合し、バイトが終わってからの数時間を彼の薀蓄に耳を傾けながら過ごす日々が楽しかった。

 

ある日、私は彼に『面白い落書きをみせてやろうか?』と提案した。彼はすぐに同意し、私は彼を福間海岸に連れて行った。 『3台目』 の落書きを見た彼はとても喜び、『いやあ、俺は国語が苦手だけど、こんな間違いはしないなぁ。』と目を細めていた。

 

彼は、それ以外の落書きにも注目した。

 

『5代目狂走連合 なになに』 とか 『17代目 暴走天使』 とか。 それらの落書きを注意深く見ていると、暴走族がやって来た。

私たちがいることなど気にも留めず、彼らは大きな排気音の車とバイク数台で壁の前に停まり、その壁に落書きを始めた。 友人が私に耳打ちをする。

 

『サトル、あの車のボンネットに書いている23ってのはどういう意味?』

 

見ると暴走族の車のボンネットには23の文字が。

 

『ああ、あれはさレーシングカーなんかにつけるゼッケンだよ。それを真似てレーシングカーでもないのに、ああいうステッカーを貼りたがるんだ、やつらは。』

 

私は説明した。 彼は少し考え込むような顔になった。 そしてもう一度落書きをしている彼らの背中に視線を戻すと、今度はその落書きを指差して

 

『サトル、見てみろ。 5代目だってさ、あいつら。』

 

暴走族が壁に描いた落書きは 『5代目』 と 彼らのチーム名が記されていた。

 

『それがどうした?』

 

『すごいことに気がついたんだ。周りを見てみろよ。そしてあの車のゼッケン。』

 

私は周囲を見渡すが意味が分からない。

 

『すごいよ!大発見だよ!5だろ?こっちは17、そして車のボンネットには23、あっちは3。』

 

『いや、俺には意味が分からんよ。教えてくれよ、何が大発見なんだい?』

 

『全部、素数なんだよ!』

 

『へ?』

 

そして彼は誇らしげに素数についての薀蓄を語りだした。

 

『1から100までの数字の中で素数は全部で25あるんだ。そしてここに描かれた落書きの数字の全てが素数なんだ。すごいと思わないか?偶然にしちゃ出来すぎだよ。』

 

『ちなみに1から100までの数字で2以外の数字は全て奇数なんだ。 91が素数じゃないって知ったときは興奮したね。確かに7、13 が約数だもんな。あ、7も13も素数だよ。』

 

なんだろうな?頭が良すぎて常人には理解できない域に達すると、ぐるっと1周してアホになるのかなぁ?

 

いつも彼の薀蓄は楽しく聞いていたのだが、この時ばかりは私も流石にこう返した。

 

ソレガドウシタ?

 

合掌

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