Smug!  『に』




4人の楽屋を訪ねてきた男は守口と名乗った。守口は大手レコード会社のトイドールファクトリーと会社名の入った名刺を一枚差し出した。受け取ったイチは心臓がはちきれそうだった。トイドールファクトリーは大手のレコード会社の中でも積極的にインディーズバンドの発掘をし、毎年、お台場で野外イベントを行っていた。今メジャーの世界で活躍するビッグネームのバンドの登竜門とも言えるその野外イベントはメジャー、インディーを問わず同じステージで演奏する国内でもまれなイベントだった。守口は4人の顔をじっと見据え口を開いた。

『いやあ、今日のライブはすごかったね。特にACIDって曲は良かったよ。ただメジャーでやるにはアレンジがイマイチかな?君等は竹之下邦彦って人を知ってるかい?』

守口が名前を出した竹之下邦彦は音楽をやってる奴等なら誰もが名前を知っている超有名オンガクプロデューサーだ。4人は無言でうなずいた。

『実は竹之下さんも今日の君たちのライブを観に来ていたんだ。実力も楽曲も申し分ないって言ってたよ。ところで君達の音源はCDにしているのかい?』

『いや、俺等はまだバンドを組んで数ヶ月なんです。だからレコーディングすら経験してないんですよ。』

『だったらまず、レコーディングだね。どうだいうちの子会社のインディーレーベルからCDを出してみる気はないかい?』

『マジっすか!』

『ああ。ただし製作費用も販売促進も全て自分たちでやることが条件だよ。ウチは一切のプロモーションはしないから。』

4人は悩んだ。CDは出したい。だがそんな金は無い。

『年末までにCDを作り、全国のライブハウスで君たちの名前を売ってきてよ。もちろんCDも売れたら売上は全て君たちの手に入る。我々は売上の20%を手数料としてもらう。どうだい?』

悪い話ではなかった。

しかしそもそもCDってのはCDショップに持っていって『置いてください』『はいわかりました』というわけには行かない。通常は流通会社にお願いしてバーコードを取得する。その流通会社も個人とは契約しないからやはりどこかのレコード会社と契約しその会社を通して流通会社にバーコードを取得してもらうのだ。バーコードを取得できればタワレコなどにも置いてもらえるが、一般的には2ヶ月間で売れなければ返品される。売上を伸ばそうと思ったら全国のライブハウスなどでライブの後に手売りしたりして知名度を上げるしかない。メジャーデビューしたての若いバンドなどが地方にライブに行き、ついでにFM局で流してもらったり、うまく行けば何かの番組のヘビーローテーションなんかに選ばれたりするのはレコード会社がプロモーションするからだ。だが、今回はそれはやってもらえない。1000枚くらいのプレスならおよそ20万円くらいで製作できるとはいえ、期限のノルマを設けられ更に売れ残りは自分たちで買取となるケースがほとんどだろう。

後日、トイドールファクトリーの子会社のインディーレーベルの担当者に会って話を聞いたところ、来年の夏のイベントに参加するなら5000枚のノルマだといわれた。製作費用はおよそ100万円。これに歌詞カードやジャケット製作費用を入れるとざっと150万円かかるといわれた。この会社はインディーレーベルらしくマンションの1室に自宅兼事務所のようなところだった。レーベルの事務所って言うのはもっとCDがたくさんあって音楽もガンガンかけているイメージだったがそこは本当に普通の会社のようだった。従業員は1人もおらず、むさくるしい男が1人いただけだった。彼は名乗りもせずに『守口さんから聞いてるよ』とだけ言ってあとは金の話しかしなかった。説明は以上だ、心が決まったら守口さんに電話しろと言いさっさと帰れといわんばかりに手をしっしと振った。

この男の事は気に食わなかったが、お金の話をしてもらったことで現実が浮き彫りになったのは確かだった。4人はCD製作を少々甘く見ていた。

4人はミーティングをするべく喫茶店に寄った。

『どうする?結局いくらくらい必要なのかな?』イチがみんなに問う。

『まず、プレスが150万って言ってたよな。歌詞カードやアルバムジャケットで20万プラスだろ?録音スタジオを借りてミックスしてマスタリング。録音って何日かかるんだろ?それによって費用も変わってくるよな?』

『ま、少なく見積もってざっと200万ってとこか。』

『金はがんばって何とかしようぜ!』

『でもレコーディングはどうするよ?』

『確か高円寺にデジタルマスタリングまでやってくれて6時間2万5千円ってスタジオがあったよ。そこでマスターCDを作ってレコード会社に持っていこうよ。』

それまで黙ってたロックが重い口を開いた。

『いや、マスター音源はCDじゃなくDATにしよう。俺の知り合いに無料でミキシングまでやってもらおう。金の問題はみんなでなるべく節約して1人50万だ。親や親戚に借りるなりバイトを増やすなりして絶対やろうぜ。俺はやりたいと思ってるよ。6時間で全ての曲を録り終える。ってことは絶対ミスしちゃだめだ。ほとんど1発録りになるだろうな。バンマスのイチはどうなんだい?』

イチはバンマスといわれてもピンと来なかった。それまで誰がリーダーとか意識したことはなかったし、これからも大事なことはみんなで決めれば良いと思ってたからだ。だがそうか。レコード会社などと交渉するには誰か1人が窓口になって進めるべきだ。

『俺は自分がバンマスという自覚はなかったけど、みんながイイと言うなら俺がリーダーをやるよ。そしてこのチャンスを全員でモノにしようぜ。』

『よっし。決まりだな。サン、お前はまだ高校生だ。だからお前は20万円だけ用意してくれ。残りは俺等3人で60万ずつだ。』

『うん。20万ならお年玉を貯めたやつがあるから、母ちゃんに言って定期を解約してくるよ。で、レコーディングはいつにする?それと何曲入れる?』

ロックが紙にセットリストを書き出した。現在の手持ちの曲は全部で12曲あるが、CDにするならこの中から厳選した6曲だ。ミニアルバムと呼ばれるサイズにはなるが売れることを優先しないとダメだし、自分たちが自信を持って演奏できる曲じゃないとまずい。

 

こうして4人の意思は固まった。早速、レコード会社の守口に電話した。

『そうか、やってくれるか。で、お金はいつまでに用意できるかな?スタジオやアレンジャーの手配もあるから早めに決めて欲しいな。』

『はい。お金は今から用意しますので1ヶ月ほど待ってもらえますか?』

『OK!じゃ来月の15日にこないだのインディーレーベルの事務所に持ってきてよ。詳しいことはそのときに説明するよ。』

 

それからの4人はバイトに精を出した。高校生のサンもバイトをし、結局、お年玉とあわせて35万円を用意した。他の3人も生活を切り詰めバイトを複数掛け持ちしなんとか目標の60万円を用意した。215万円が入った封筒を爆弾処理班のような慎重さでバッグに入れると守口に電話をした。守口は今日の4時に事務所に持って来いと言った。

いよいよだ。インディーレーベルからだがCDデビューできる。4人はこの1ヶ月を振り返り感傷に浸った。

夕方の4時にはまだ少し早いが4人の気持ちは急いていた。事務所の入ってるマンションの下から守口の携帯電話に電話すると、もう来ているから上がっておいでという。

4人は前回来た事務所件自宅のようなマンションの1室に向かった。

事務所には守口が1人で待っていた。イチが金の入った封筒を渡すと中身から40万円を出しイチに渡した。

『これはスタジオ代とかマスタリングの料金に充てなよ。領収書もちゃんともらっててね。じゃ詳しいことは後日イチ君に電話するよ。』

そう言って4人を追い払った。4人はその足で池袋のスタジオに向かい1時間だけ練習した。練習が終わりミーティングをするためにいつもの喫茶店に集まる。

『いよいよだな。当日は1時間をリハーサル。録音は5時間かけてやるぜ。みんな自分のパートはノーミスで頼むぞ。しっかり自主練しといてくれよ。録音スタジオの予約は1週間後の21日木曜日の18時からだ。遅れるなよ。』

 

そして録音当日。緊張のあまりイチとレイは予定より1時間早く着いてしまった。ドアを開けるとロックとサンも既に来ていた。

『いやあ、家に居ても落ち着かなくてさ。』

『そうだな。オレ達もだよ。あ!どうする?録音の風景を守口さんにも見てもらおうか?』

『ああ、それがいいな。ついでに写真とかも撮ってもらってさ。』

『なんだよ。お前等、守口さんはマネージャーじゃないんだぜ!』

イチは笑いながら守口Mに電話をした。

携帯電話の受話口から流れてきたのは守口の声ではなく、女性の機械的なアナウンスだった。

『この電話番号は現在使われておりません。』

どうした?と3人がイチに駆け寄る。

『やられた。守口さんの電話が通じなくなってる。』

『え~。番号が間違ってたんじゃねえの?』

『そんなわけねえじゃん。登録してんだからさ。』

『詐欺か。おい、事務所に行って見ようぜ!』

4人はスタジオにキャンセルを申し出ると走ってインディーレーベルの事務所に向かった。4人ともが悪い予感をしていた。だがこの予感が外れて欲しいとも思ってた。しかし4人の思惑通りには行かず事務所は引き払われていた。なにもないワンルームマンションでがっくりとうなだれた4人は怒りに震えていた。

『なんだよ!チクショー』

ツヅク

合掌

 

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