Smug!  『ろ』




3日後、いつものようにスタジオの待合室でイチがギターのチューニングをしていたらサンがやって来た。椅子に座り膝の上をスネア代わりにスティックを振っていたレイも気付きイチと目配せした。

『あの~。』

『おお、来てくれると思ってたよ。早速スタジオでやろうぜ!デモは聞いてきてくれたかな?』

『ああ、一応。でも1曲しか覚えてないんだけど。』

前回は敬語だったサンは、ぐっと砕けた感じになっていた。ソフトケースからベースを出しチューニングを始めたサンを見ながら二人は手ごたえを感じていた。

1時間後、一旦休憩しようと待合室に出てきた二人にサンは頭を下げバンド加入の意思を表明した。イチとレイはとても喜んだ。

『今日は記念日だ。飲みに行こうぜ!』

『いや、俺まだ未成年だし。』

『そっか。まだ高校生だもんな。じゃ缶コーヒーで乾杯だな。』

 

こうして新生NEWROSEがスタートした。

ところがイチにはもう一つ引っかかっていることがあった。バンド名とボーカルだ。以前のトリのボーカルはすごかったが自分にその代わりが勤まるとは思えない。サンは歌うのは苦手だと言ってたし、やはりバンドのキモはボーカルだろう。それとバンド名の件も気になっていた。NEWROSEはトリとイチとレイの3人だけのバンド名だ。メンバーが変わった今、バンド名も変えて新たな気持ちでリスタートを切りたかった。

数日後、スタジオ練習の日はイチは予定の時間よりかなり早くスタジオに来る。テーブルでチューニングをし、もう一度楽曲を聴きなおして集中力を高めるのだ。このルーティンはもうずっと行っている。 待合室のテーブルで他の二人を待っているとレイが来た。眠そうにあくびをしている。深夜のバイトが終わり寝ずにここまで来たのだ。早くメジャーデビューしてこのバイト生活から抜け出したい、そういう雰囲気が全身から滲み出ている。

スタジオの入り口が大きな音を立てて開いた。息を切らしたサンが立っている。

『ねえ、二人ともちょっと来てよ。』

不思議そうにする二人の先に立ちサンはスタジオを出る。一目散にヤマダ電機に向かうとエレベーターに乗り込んだ。楽器売り場のコーナーに連れて行かれた二人は1人の男を見て驚いた。

エレピに向かい、ものすごいスピードで聴いたことのないロックンロールを弾いている男がいたのだ。 上を向き目を瞑り、一心不乱にピアノを弾く男の周りには人がたくさん集まっていた。

曲を演奏し終えると誰からともなく拍手が起こった。3人も拍手をしていた。ピアノ男は下においていたリュックを拾い上げると無言のまま立ち去ろうとした。イチは慌てて声をかける。

『今のピアノすごく良かったよ。何て曲なんだい?』

『ああ、今のはBlue Suede Shoes って曲だよ。』

『へぇ。誰の曲?』

『知らないのかい?カールパーキンスだよ。と言っても分かんないか。プレスリーもカバーしてた有名な曲なんだけど、俺は今、原曲の5倍のスピードで演ったんだ。』

『あ、あのさ。オレ達さ、今パンクバンドをやっていてさ、そんでさ、そんでさ、』

イチは興奮を隠せなかった。レイが後を引き継ぐ。

『君のピアノで俺等の演奏に参加して欲しいんだけど。』

『今からかい?ま、ヒマだからいいよ。』

長髪をかきあげた男を見てレイは更に驚いた。その男はトリとそっくりだった。

『な、なあ。名前は何て言うんだい・俺はドラムのレイ。こいつはギターのイチ。でこっちがベースのサン。』

『ははは、みんな数字みたいな名前だな。俺はロク。俺も数字みたいな名前だよ。はっはっは。』

『とんでもない!君はロクなんかじゃなくてロックだよ!』

 

とても気さくなロックはそのまま3人についてスタジオへ向かった。3人が演奏しているのを一通り聞いたロックはおもむろに立ち上がりエレピの電源をオンにした。

『1曲目にやったヤツなら弾けるぜ。』

『え?1回しかやってないのに?』

『4つしかコードを使ってないだろ?簡単だよ。』

そう言って3人の演奏にピアノを入れてきた。 ロックの演奏するピアノはすごかった。アルペジオを早弾きでガンガン入れてくる。演奏もさることながらもっと驚いたのはロックの歌声だった。心を鷲掴みされるような声は3人の演奏を止めてしまう位だった。

『あれ?どしたの?間違ってた俺?』

『いや、すごいんだよロック、君の歌声が!なあ頼むよ。俺等のバンドに入ってくれ。そして一緒に天辺を目指そうぜ!』

『ああ、でもそうだな。バンドか。考えたことがなかったな。ま、また遊んでくれよ。俺はバイトだからもう帰るわ。』

『いや、ちょ、ちょっと待ってくれよ。せめて電話番号だけでも教えてくれよ。』

『気が向いたらヤマダ電機でまた弾いてると思うから、そんときは声かけてくれよ。』

 

ロックはそう言って立ち去っていった。

『なあ、イチ。あいつは絶対バンドに入れなきゃダメだよ。あんな逸材はそうそういないぜ。なあサンもそう思うだろ。』

『同感だよ。みんなは気付いた?あの人、左手はずっとベースライン弾いてたんだよ。たった1回聴いただけなのにどうしてあんな芸当が出来るんだよ!すげえよ!』

『いや、実はさ。今日みんなに相談しようと思ってたんだ。ウチのバンドに足りないのはボーカルだってコトを。彼の声はすごかっただろ?よし明日から毎日ヤマダ電機で張り込みしようぜ。』

それから1ヶ月。毎日のようにヤマダ電機で張り込みをしていた3人の前にロックは現れなかった。

 

ツヅク

 

合掌

 

 

 

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