Smug!  『い』




池袋駅西口を出て、ヤマダ電機の南側を東西に走る一方通行の路地を東に5分ほど歩くとスターバックスカフェが見えてくる。

そのカドを曲がり区役所の手前のビルの2階に、スタジオヘキサはある。受付カウンターの前には、長髪のヘビメタ兄ちゃんや赤やピンクの髪で、アニメーションから抜け出てきたような女の子などがテーブルに座ってヘッドホンをしたまま一心不乱に楽譜に見入ってる。

イチも同じようにエレキギターをケースから出し、スタジオに入ったらすぐに演奏できるようにチューニングを始めた。

イチがギターを始めたきっかけは、偶然だった。イチ以外のティーンのほとんどがもてようとして始めるギターは結局Fコードが押さえられずに挫折するのが定番だが、イチは続いていた。

もちろん、Fコードも押さえられるしそれ以外の細かなテクニックも身に付けていた。きっかけはイチの父親が若い頃やっていたギターを押入れの奥から見つけたことだった。母親に尋ねると母と付き合う前からギターをやっていたらしい。

 

その日、仕事から帰宅した父親にエレキギターを譲り受けたいと申し出たところ、父親はいたく感動し

『それなら、これもやるから、一生懸命練習しろ』

と言ってくれた。

父親がイチに渡したのはスケールと呼ばれる全てのコードをタブ譜にしたものだった。父親が高校生のときに自作したらしく、年季が入っている。

『俺が始めたのは高校生の頃だから、イチは俺よりうまくなるかもな』

そう言って父親は笑った。そのときイチはまだ中学1年生だった。

あれから7年。イチも今年の6月で20歳になる。もうずっとこのエレキギターの魅力に取り付かれたまんまだった。イカシタ楽曲を作り演奏し、そしてメジャーレーベルからプロのミュージシャンとしてデビューする。それがイチの夢だった。

ずっと1人で練習していたイチにバンドでの演奏を薦めたのは中学3年のときに同じクラスだったレイだった。レイは兄の影響で日本に売ってないバンドのCDもたくさん持っていた。レイの影響でイチも自分が生まれる前のパンクバンドに魅了された。レイの兄のバンドの練習を観に行ったイチはすっかりそのバンドサウンドの虜になり、レイにバンドが組みたいと相談した。

ちょうどレイもドラムを始めた頃だったので、二人は意気投合し他のメンバーを探すことにした。同じ学校でベースをやっているというトリの存在を知った二人は昼休みにトリの教室に向かいバンドに誘った。トリもちょうどバンドがやりたいと思っていたが彼が好んで聴く音楽はパンクロックではなくファンクやソウルだった。

その頃の中学生でファンクやソウルミュージックを理解している奴なんか1人もいない。だがトリはバンドで演奏してみたいからパンクでもいいよとバンドへの参加を承諾した。

こうして始まったイチのバンドがまず最初にしたことは、スタジオでのセッションでもなく、ライブハウスめぐりでもなくバンド名を決めることだった。

トリは別に何でもいいよと言ってくれたのでレイと二人でその頃よく聴いていたダムドの楽曲から『new rose』を拝借しそれをバンド名とした。

こうしてスタートしたNEWROSEは4年間続いた。地元の敷居の低いライブハウスで1ヶ月に1回、演奏するようになった。NEWROSEの演奏は好評だった。というよりもトリのヴォーカルが良かったのだ。トリ以外の二人の演奏はお世辞にも上手とは言えず、それでも日々の練習の成果はライブを重ねるごとに少しずつだが上達はした。

高校卒業を間近に控えスタジオで練習を終えた3人はトリから衝撃の告白を受ける。

『俺、卒業したらニューヨークに行くんだ。』

ニューヨークで本格的にジャズのベースを学ぶらしい。パンクも楽しかったけど俺はソウルやファンクやブルーズ、ジャズをやりたいんだ。とそう言うトリを二人は引き止められなかった。結果NEWROSEは解散した。

イチもレイも東京の情報処理専門学校に合格していた。だが二人ともそれは親に対する言い訳で本当は東京でバンド活動がしたかっただけだった。情報処理なんかまったく興味のない二人は、親の金で上京し形だけ学校に通っていた。

東京での暮らしをスタートさせると同時にイチとレイはメンバー探しを行った。今度は最初から音楽の好みが合う奴にしよう。そういって都内のライブハウスを1件ずつ廻った。専門学校が池袋だったのでまずは池袋のライブハウスから探そうということになり、むかったのはエールハウスというライブハウスだ。高校生のコピーバンドが出ている。観客はその同級生と思しき男女で埋め尽くされていた。3つ目に出演したバンドのベーシストが気になった。うつむいて一心不乱にベースを弾く姿にイチはぴんと来るものがあった。

『なあ、レイ。あいつ良くないか?』
『え~!なんか暗くないか?下向いてるし。それにあいつダウンピッキングしか出来ねぇんじゃねえの?』

レイの言うとおりその高校生ベーシストはオルタネイティブピッキングではなく、ダウンピッキングだけで弾いていた。コピーしている曲は Hi-Standard だったが、かなり速い曲もダウンだけで弾いている。どうしてオルタナで弾かないんだろう?

『やっぱ気になるよレイ。ここは俺の勘に任せてくれないか?』
『ま、イチがそこまで言うなら俺はいいぜ』

そうして二人はライブハウスの外で彼を待つことにした。まるでグルーピーがお目当てのバンドを出待ちしてるみたいだな、と二人で笑った。

ビルの入り口から高校生達がぞろぞろ出てきた。

『お!終わったか。』
『今から片づけをするから小一時間はかかるだろうな。』
『よし、あと1時間、がんばって待とう。』

 

二人の予想通りきっかり1時間後、先ほどの高校生ベーシストが出てきた。早速、二人は彼に近づいて話しかける。

『今日のライブ良かったよ!』
『え?誰っすか、あんたら?』
『この後、時間があるならちょっと俺等の話を聴いてほしいんだけど。』

彼は二人を交互に見比べて、無言で頷いた。

『じゃ、東口のタカセってフルーツパーラーの2階にさ、カフェスペースがあるんだけど、そこで待ってるね。』

15分ほど店内でコーヒーを飲みながら待っていると先ほどの男の子がやってきた。

『あの~、話って?』
『ああ、俺はイチ、こいつはレイ。オレ達、パンクバンドをやってて、ベースを探してたんだ。それでさっき君の演奏を見てさ、気になったんで声をかけたんだ。』
『ああ、でも俺、今のバンド組んだばっかしなんすよ。』『ああ。一度スタジオに聞きに来てくれないか?オレ達の楽曲をさ。それで興味が出たら俺等と一緒にバンドをやって欲しいんだ。』
『ああ、まあじゃ、1回くらいなら・・』
『ところでさ、お前、名前なんていうの?』
『ああ、みんなからはサンって言われてます。』
『これさ、一応デモテープ。今日帰ったら聴いてみてよ。サン。』

そういってレイはポケットからUSBメモリーを出してサンに渡した。怪訝そうにしていたサンだが、心は揺れていた。コピーバンドじゃなくオリジナルの楽曲をやりたいと思っていたんだろう。これは脈ありだなとイチとレイはほくそ笑んだ。

 

ツヅク

 

 

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