423発目 達人の話。


コンビニの店員

コンビニエンスストアで

買い物をした。

 

店員の態度はマニュアルどおり

を連想させる形式ばったもので

およそ好感が持てるとは

言いがたい。

 

『っしゃあせ~』

 

いらっしゃいませ、と

活舌良く言えないのか?

 

多分、であるが

私が知っている限り

1993年ごろに九州産業大学の

近くのセブンイレブンで働いていた

あのお兄ちゃんの『いらっしゃいませ』

が世界で一番早い『いらっしゃませ』

だろう。

 

『っせ~』

 

せ~ってあんた。

 

でも雰囲気で分かるんだ。

ああ、『いらっしゃいませ』

のことだな、と。

 

そのお兄ちゃんはいつも

夕方の17時ごろから

明け方近くまで働いていた。

 

学生街ということもあって

夜通し客足は途絶えない。

 

だから彼は一日に何度も

 

『っせ~』

 

と言う。

 

マニュアルどおりに

会計を済ませた客に対し

両手を腰のところで

交差させ、深々とお辞儀し

 

『ありがとうございました~』

 

と言う。

 

ところがコレも

 

『っしゃ~』

 

だ。

 

省略するにも程がある。

 

通常略す場合はInitialの

方だろ?

彼は The End の方を

採用したのだ。

 

ある時、その日も夜中にも

かかわらずレジ前には

会計待ちの客で列が

出来ていた。

 

だが、彼は手際が良い。

 

ぱっぱっぱと計算し

客から金を受け取り

『っしゃ~』と言い放つ。

 

次の客が品物を出す。

『っしゃ~せ~』と言い、

また手際よく会計を

済ませては『っしゃ~』と

言い放つ。

 

見ていてだんだん小気味良く

感じてくるから不思議だ。

 

ようやく私の順番まで、あと

一人となったときに事件は

起きた。

 

それまで手際よくやっていた

彼はまさに流れるように、

流れ作業をしていた。

 

そう、流れるように

 

『っしゃ~せ~』

『あたためっすかぁ』

『っしゃ~』

 

私の前の客は女の子で

プリンを二つ購入していた。

 

『あたためっすか~』

 

女の子は困惑した。

 

そりゃそうだ。

 

プリンを温めるわけがない。

 

間違いに気がついた彼は

顔をほんのり赤らめ

 

『っしゃ~』

 

と言った。

 

驚いた事に

『ありがとうございました』

の略であるはずの

『っしゃ~』 と同じなのに

聞いている我々には

『失礼しました』 に

聞こえたのだ。

 

私は彼のことを

 

『マスターオブ省略』

 

と呼ぶ事にした。

 

午前中の授業が終わり

友人数人と学食へ向かった

 

たまたま座ったテーブルの

隣にマスターオブ省略が

やはり彼の友人と食事を

していた。

 

あ、あいつだ。

 

と私は気が付くが

彼のほうは私には気付かない。

 

しばらくすると、別の男が

マスターオブ省略に近づいてきた。

 

『うぃ~っす、おつかれ~』

 

と話しかけてきた男に

マスターオブ省略はこう返した。

 

『っす~』

 

なんと!

 

『っす~』って!

 

だが、私にはそれが

何故だか分からないが

 

『お疲れ様です。』

 

に聞こえたのだ。

 

流石、マスターオブ省略。

 

やはりヤツはプロフェッショナルだ。

 

やがて食事を終えた

マスターオブ省略たちが

立ち上がり食堂を

出て行こうとした。

 

そのときに私の友人の

肘にマスターの鞄が

あたった。

 

がちゃんと音がして

私の友人は箸を落とした。

 

マスターは慌ててそれを

拾い上げ、申し訳なさそうに

私の友人に対してこう言った。

 

『すん。』

 

 

いやいやいや。

 

それは分からんわ。

 

リャクシスギ

 

合掌

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