コンビニエンスストアで
買い物をした。
店員の態度はマニュアルどおり
を連想させる形式ばったもので
およそ好感が持てるとは
言いがたい。
『っしゃあせ~』
いらっしゃいませ、と
活舌良く言えないのか?
多分、であるが
私が知っている限り
1993年ごろに九州産業大学の
近くのセブンイレブンで働いていた
あのお兄ちゃんの『いらっしゃいませ』
が世界で一番早い『いらっしゃませ』
だろう。
『っせ~』
せ~ってあんた。
でも雰囲気で分かるんだ。
ああ、『いらっしゃいませ』
のことだな、と。
そのお兄ちゃんはいつも
夕方の17時ごろから
明け方近くまで働いていた。
学生街ということもあって
夜通し客足は途絶えない。
だから彼は一日に何度も
『っせ~』
と言う。
マニュアルどおりに
会計を済ませた客に対し
両手を腰のところで
交差させ、深々とお辞儀し
『ありがとうございました~』
と言う。
ところがコレも
『っしゃ~』
だ。
省略するにも程がある。
通常略す場合はInitialの
方だろ?
彼は The End の方を
採用したのだ。
ある時、その日も夜中にも
かかわらずレジ前には
会計待ちの客で列が
出来ていた。
だが、彼は手際が良い。
ぱっぱっぱと計算し
客から金を受け取り
『っしゃ~』と言い放つ。
次の客が品物を出す。
『っしゃ~せ~』と言い、
また手際よく会計を
済ませては『っしゃ~』と
言い放つ。
見ていてだんだん小気味良く
感じてくるから不思議だ。
ようやく私の順番まで、あと
一人となったときに事件は
起きた。
それまで手際よくやっていた
彼はまさに流れるように、
流れ作業をしていた。
そう、流れるように
『っしゃ~せ~』
『あたためっすかぁ』
『っしゃ~』
私の前の客は女の子で
プリンを二つ購入していた。
『あたためっすか~』
女の子は困惑した。
そりゃそうだ。
プリンを温めるわけがない。
間違いに気がついた彼は
顔をほんのり赤らめ
『っしゃ~』
と言った。
驚いた事に
『ありがとうございました』
の略であるはずの
『っしゃ~』 と同じなのに
聞いている我々には
『失礼しました』 に
聞こえたのだ。
私は彼のことを
『マスターオブ省略』
と呼ぶ事にした。
午前中の授業が終わり
友人数人と学食へ向かった
たまたま座ったテーブルの
隣にマスターオブ省略が
やはり彼の友人と食事を
していた。
あ、あいつだ。
と私は気が付くが
彼のほうは私には気付かない。
しばらくすると、別の男が
マスターオブ省略に近づいてきた。
『うぃ~っす、おつかれ~』
と話しかけてきた男に
マスターオブ省略はこう返した。
『っす~』
なんと!
『っす~』って!
だが、私にはそれが
何故だか分からないが
『お疲れ様です。』
に聞こえたのだ。
流石、マスターオブ省略。
やはりヤツはプロフェッショナルだ。
やがて食事を終えた
マスターオブ省略たちが
立ち上がり食堂を
出て行こうとした。
そのときに私の友人の
肘にマスターの鞄が
あたった。
がちゃんと音がして
私の友人は箸を落とした。
マスターは慌ててそれを
拾い上げ、申し訳なさそうに
私の友人に対してこう言った。
『すん。』
いやいやいや。
それは分からんわ。
リャクシスギ
合掌