345発目 挟まる話。


埼京線

その頃の埼京線は新宿から

大宮を結んでいて、新宿に着いたら

乗ったままでも折り返し

大宮まで乗っていけた。

 

その後、埼玉の住民で

池袋を利用する奴らが

一旦、新宿まで行き、

大宮まで座ろうという

魂胆で定期券に無い

範囲を乗ろうとするので

JR側は新宿で一旦、

乗客を全員降ろすという

対策を打ち出した。

 

つまりリセットだ。

 

その頃のオレは大宮に住んでいた。

 

埼京線を使うのは仕事の

時だけで、通勤は車だったし

何より新宿は池袋には

縁の無い生活をしていた。

 

あの日は、たまたま休みで

当時付き合ってた彼女が

池袋が職場だったため

彼女の仕事終わりの時間に

池袋で待ち合わせた。

 

大宮駅で埼京線に乗ろうと

思ったら、地下に降りて

いかねばならず、面倒だったが、

1本で池袋にいけるのは

魅力だった。

 

進行方向の右側のドアが開き

ぷしゅぅっという音を合図に

ドアが閉まる。

 

なんだか大きな動物の

鼻息みたいだなと思う。

 

平日の夕方の新宿行きは

比較的すいていて、どうやら

座れそうだ。

 

オレはドアのところから

客席のほうへ移動しようと

体を1歩、前に出す。

 

あれ?

 

体が動かない。

 

ドアを見ると、来ていたジャケットが

見事にドアに挟まっていた。

 

ま、いいか。

次の駅で開くだろうから

それまで立ってよう。

 

その列車は運悪く

快速列車で、次の停車駅は

二駅先の与野本町だった。

 

時間にして7分くらいか?

 

駅に電車が滑り込み

また、あの猛獣鼻息を撒き散らす。

 

ぷしゅぅ。

 

は、反対側じゃねえか!

 

ドアはオレが立っている方とは

反対側が開いた。

 

オレは慌ててドアの上の

路線図を見る。

 

次の駅まで何分だ?

 

え~っと。快速だから。

うわお!

次は武蔵浦和じゃねぇか!

ええっと、何個 駅を飛ばすんだ?

ああ、それでも3つ目か。

 

 

勢いよく武蔵浦和に入り込んだ

電車はまた鼻息を漏らす。

 

ぷしゅぅ。

 

また、反対側!

 

おい!どうなってる?

埼京線よ。

くっそう。0勝2敗じゃねぇか。

最強線じゃねぇか。

とか、くだらないこと

言ってる場合じゃないぞ。

 

どうする?

 

いや、流石に池袋までには

こっち側が開くやろ。

 

そろそろ周囲の目も

気になりだしたぞ。

 

 

 

で、結局。

 

反対側ばかりが開いた。

 

戸田公園、赤羽、十条

板橋、池袋。

 

赤羽から池袋までは各駅停車で

この間が地獄だった。

 

そのくせ、池袋でも

向こう側を開けやがんの。

 

え?何?なんなの?

この仕打ち。

 

二の二の天和(にのにのテンホー)

麻雀放浪記の鹿賀丈の

気持ちがよく分かるよ。

 

『っざけんじゃねぇ。』

 

終点の新宿に着いたときには

もう精神的にもボロボロで

中に入ってきた駅員に

 

『はい、お客様、一旦降りてください。』

 

って言われても

とげとげしい言い方しか

出来なかったね。

 

『降りられるか!

大宮からお前、8回連続役マンで

ふざけんなよ!最強線!

お前らみたいな真面目に働いて

何が出来る!

お前らに出来るのは

長生きだけだ!』

 

駅員は首をかしげ

私の背中を見て

あら、そうですかと

得心した顔でジャケットの

端を持った。

 

『こうゆうときは、こうして・・』

 

駅員はドアとドアの間の

ゴムみたいな奴をクルンと

めくって引っかかっている

ジャケットのボタンをペロっと出した。

 

驚くほど簡単にジャケットは

取れた。

 

へ?

 

あっけに取られたオレに

駅員はもう一度こう言った。

 

『はい、一旦下りてくださ~い』

 

え?取れると?

こんなに簡単に?

 

え~?言ってよ~!

 

ず~っと役マン振り込んだやん。

 

本当は長生きしたいんです。

ボクはドサ健じゃありません。

 

ボロマケ

 

合掌

 

 

 

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