289発目 『ウソ~ん』って言いたくなる話。第3話


二股

ガラス越しに見える彼女は

やはりガラスよりも透き通っていた。

 

自動ドアをくぐった彼女は

タケを見つけて右手を軽く上げた。

 

タケはボクの隣のレジにいた。

彼女を見つめるタケの背中を

見ていた。

 

『これ、車の中に忘れてましたよ。』

『あ~、そうやったんや!

どこになくしたかと思って

あせっとったんよ。

ありがとう。

お礼がしたいなぁ。』

『気になさらなくて結構ですよ。』

 

タケは高校時代から付き合ってる

女の子と遠距離恋愛をしてたが

そんなことはおくびにも出さず

シレっと彼女をデートに誘った。

 

彼女は恭しくタケの申し出を

辞退した。

嫌味もなく、美しい断り方だった。

ボクはそんな彼女の所作に

妙に感心していた。

 

彼女がボクに気づき驚いた。

あの可愛らしいまん丸の瞳を

いっそう大きくして。

 

『あ、ここでバイトしてるんですね?』

 

と、ボクに話しかけてきた。

 

『ああ、今度はレギュラーだから

しばらくここで働くよ。

免許、無事にとれたんやね?』

 

『そうなんです!

うれしくて親の車を借りて

毎日乗ってます。

でも、車庫入れが難しくて・・・』

 

ちょうどその頃のボクは

親戚のおじさんに車を借りてて

運良くオートマだった。

 

『ああ、俺が教えちゃろうか?』

 

タケが横から割り込んできた。

 

タケは先輩から譲り受けた

ワンダーシビックに乗っていたが

彼の車はマニュアルミッションで

彼女はオートマ限定免許だった。

 

ふっ。残念だったな、タケ!

 

ボクはバイトが終わったら迎えに行く

約束をし、彼女を店の外まで

お見送りした。

 

彼女が帰ってからタケは

ボクに対して質問や愚痴をぶつけてきた。

 

『サトルちゃん、なんであの子

知っとん?前から知っとったん?』

『ああ、俺もオートマの車を

買えばよかった。』

『そういえばサトルちゃん、

彼女おるやん!どうするん?』

 

『教習所で知り合ったんよ。

お前だって彼女おるやんか。』

 

『ま、ばれんようにうまくやり。』

 

タケは彼女に脈がないと悟り

早々にあきらめたようだった。

 

その夜、ボクはおじさんに借りている

コロナGTという古い車で

彼女を迎えに行った。

何しろボクは彼女の自宅を知っている。

あの水道管工事の現場だ。

 

ボクらが埋設した水道配管は

アスファルトで綺麗に舗装されていた。

現場近くまで行くと彼女は

自宅の前に出て待っていてくれた。

 

白いワンピース姿で、足元には

青いスニーカーを履いていた。

 

『洋服と合わないけど、スニーカーのほうが

運転しやすいでしょ?夜だし、いいよね?』

 

透明感の塊のような笑顔で

ボクに話しかける彼女が

いつの間にか敬語じゃなくなっていた。

そのことに親近感を覚え、

胸の鼓動は高鳴るばかりだった。

 

これは、恋?

 

天使のサトル:
『お前には彼女がいるだろ?
何、ときめいてるのさ!』

悪魔のサトル:
『ばれやしないって。
どうせだったら、向こうと別れて
この子と付き合っちゃえよ!』

天使のサトル:
『何言ってんだよ、あの子と
付き合ってまだ数ヶ月だろ?
彼女、サトルのことが大好きだぜ!』

悪魔のサトル:
『おいおい。出会いは奇跡だぜ!
人生も1回こっきりだ。
やりたいようにやれよ。』

 

海ノ中道海浜ホテルの駐車場は

人気も車も無く、運転の練習には

もってこいの場所だった。

 

小一時間ほど練習し、缶コーヒーを

買って海のほうへ向かった。

砂浜に並んで座り、海の方を

見ていた。

 

波の音をBGM代わりに

黙っていると彼女の方から

話し出した。

 

『サトルさんって、何歳なの?

あそこのスーパーでバイトしてる

って事は大学生?』

『そうだよ、大学2年生だよ。

浪人してるから今年で21歳。

ところで、ジブン、名前はなんやったっけ?』

『あ、そうか名前言ってなかったね。

私はキョーコ。今年で20歳だから

サトルさんの1個下だね。』

『学生なん?』

『ううん、北九州の看護学校に

通ってるの。』

 

なんだか看護婦に縁があるなあ。

 

しばらくくだらない話をして

彼女を自宅に送り届けた。

 

ボクは帰り道、一人で車を

運転しながら考えた。

二人同時に付き合うほど

器用じゃないし面倒だし、

どうするか?乗り換えるか?

愛って一体、なんなんだ!

 

本命の彼女から電話があったのは

その日から数えてちょうど2日後で

明日の夜、会いたいという申し出だった。

 

彼女が指定した日は、キョーコちゃんと

会う約束している日だった。

 

ドウスル?オレ。

合掌

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