290発目 『ウソ~ん』って言いたくなる話。第4話


二股

電話を切ったあと、少し考えたが

キョーコちゃんの方を断ろうにも

ボクは彼女の連絡先を知らなかった。

 

まだ、携帯電話なんかない時代だ。

実家暮らしの女の子の電話番号を

もし、聞いたとしてもこちらから

かけることはまずない。

 

悩んだ挙句、ボクはやはり本命の

彼女との約束を優先しようと

結論を出し、キョーコちゃんの

車庫入れの練習(と言う名のデート)は

断ることにした。

 

仕方ない。直接自宅に行くか。

 

ボクはもち吉で煎餅を買い、

彼女の家に向かった。

 

呼び鈴を押すとお母さんが

出てきた。

夜分に訪問したことを詫び、

煎餅を渡した。

『実は、キョーコさんと明日、

車庫入れの運転をする約束を

していた者です。初めまして。

彼女はご在宅ですか?』

『あら、ごめんなさい。

まだ病院から帰って来てないのよ。』

『では、伝言をお願いします。

明日は急用でキャンセルしたいと。

そして何かあればこれがボクの家の

電話番号なので連絡してくれと。』

 

お母さんはボクの持って行った煎餅が

効いたのか、思いのほか上機嫌で

対応してくれた。

 

もうすぐ帰ってくると思うから

上がって待ってたら?とも

言ってくれたが、辞去した。

 

翌日の夜、約束通り本命の彼女は

ボクの家にやってきた。

てっきり外食デートと思っていたが

彼女は食材をたくさん買い込んで

来ており、キッチンで料理を始めた。

 

料理ができるまでの間、ボクはなんだか

落ち着かない気分だった。

 

食事中も彼女は饒舌で、今日の出来事を

楽しそうにボクに教えてくれた。

 

ボクはと言うと、うわの空で

彼女の言ってることの半分以上は

理解してなかった。

 

食事も終わり、コーヒーを飲んでいたら

彼女が気になる内容の話を始めた。

 

『今度ね、看護婦の中でも割と

重要な立場になったと。』

 

『へえ、婦長さん?』

 

『ま、婦長ではないんだけど

後輩の面倒を見たり、仕事を教えたり

精神的なケアをしたりする立場なんよ。』

 

『すごいやん。給料上がるんやない?』

 

『給料は変わらんけど、レポートとかが

増えるんよね。』

 

彼女はボクと同じ年で仕事をしていて

更に出世した。

ボクは一浪して入った3流大学で

愛の意味も知らずに出会った女の子を

片っ端から口説こうとしている。

 

こんな二人が付き合ってていいのか?

 

尚も彼女の話は続く。

 

『今日も仕事終わりで1個下の子がね、

失敗ばかりしてたから、何かあったの?って

気を利かせて聞いてみたんよ。』

 

ほう。

 

『そしたらね、その子、今気になる

男の子がいて、告白しようかどうか

迷ってるんだって。

どんな人?って聞いたら大学生で

背が高くてかっこいいんだって。

だからさ、私の彼も大学生だよ、って

教えちゃった。

私達って時間が不規則やん?

だけん、大学生みたいに時間が自由な方が

たくさん会えるよってアドバイスしといたよ。』

 

ほう。

 

ってことは君は何かい?

ボクが暇人だから彼氏にしたのかい?

 

いかんいかん。

卑屈になってどうする?

 

『どんな子なん?その女の子。

ブスやったら振られるぞ!』

 

『ひどおい、サトルちゃん、

その子、すっごい可愛いとよ。

サトルちゃんに会わせたら

絶対気に入るけん、会わせられんよ。』

 

『彼女の友達に手を出すほど

愚かじゃないぞ、俺は!』

 

いや、結局のところ

彼女の友達だろうがそうじゃなかろうが

付き合ってる子がいるのに別の女に

手を出すこと自体、愚かなことか。

 

よし。

キョーコちゃんからは手を引こう。

 

ボクはそう心に誓ったんだ。

 

 

 

でも、時すでに遅しだった。

 

ジカイ、カンドウノラスト

 

合掌

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