色白の少女は自転車の脇で
困った顔をして立ちすくんでいた。
制服を着ているので学生だろう。
冷たい風が少女の長い髪を
揺らしている。
自転車を挟んで反対側には
なにやら座り込んでいる少女が
もう一人いた。
私の方には背を向けているので
顔は見えないが、恐らく
少女の同級生か何かだろう。
立ってるほうを『タツ子』、
座ってるほうを『シャガ美』と
呼ぶことにした。
シャガ美は手でペダルを回している。
片側2斜線の国道を挟んだ反対側なので
音は聞こえないがガシャンガシャンと
やっている気配は伝わってくる。
ははあん。チェーンが外れたな。
しばらくすると、男性が一人近づいてきて
彼女達に話しかけた。
年の頃は私と同じくらいだろう。
紺色のスーツを着て、黒い皮製の
鞄を持っている。
タツ子と会話をしている。
その姿をシャガ美は見上げながら
見守っている。
男性は上着を脱ぐとタツ子に渡し、
シャガ美の横にしゃがみこんだ。
男性を『シャガ雄』と呼ぼう。
シャガ雄はシャガ美と同じように
ペダルを手で回しながら後ろタイヤを
持ち上げた。
何度も回しているがうまくいかないようだ。
まだだ。
サトルの出番はまだだ。
もう少し待て。
今度はタツ子の左側から、年配の
男性が近づいてきた。
話しかけるでもなく少し離れたところから
3人を眺めていた。
腕を組み、3人の様子を見守る。
それはまるでチームの監督のようだ。
年配の男性を『カント君』と呼ぼう。
タツ子はカント君の気配に気づき
チラチラと視線を向けている。
『このおじさんは助けて
くれないのかしら?』
という淡い期待が手に取るようにわかる。
だが、カント君は動かない。
ただ見ているだけだ。
そしてまた新たな登場人物が。
犬の散歩をしている夫婦だ。
彼らはちょうど私の視界を
さえぎるように彼女達と私の
間に立った。
この夫婦を『ジャマ下』と呼ぼう。
いやいや、それじゃまるで
自分の悪口じゃないか。
え~っと。
駄目だ、この夫婦の名前を
思いつかない。
仕方ない。
この辺で俺の出番か。
信号が青に変わるのを待って
私は道路の向こう側、
つまり彼女達が待つところへ
ゆっくりと歩を進めた。
私はそっと尋ねる。
『どうしました?』
タツ子が全員を代表して
こう答えた。
『チェーンが外れちゃって。』
シャガ雄が補足するように
『うまくいかないんですよね。』
シャガ美は、尚も付け加えるように
『もうずいぶん長いこと
やってもらってるんですが・・・』
私は自信に満ち溢れた顔で
どれ、ちょっと見せてごらんと
その場にしゃがんだ。
近くに落ちていた木の枝を
手に取ると、たるんだチェーンを
少し上に引っ張り上げ、
よいしょっとペダルを回す。
カチャンと小気味良い音が鳴り
チェーンは元に戻った。
さあ、これで直ったよ。
タツ子とシャガ美はうれしそうに
頭を下げる。
シャガ雄は、『すごいですね』と
やはり私を賞賛した。
ふと、カント君を見ると
興味が失せたのか、もう違う方向を
向いて歩き出していた。
犬を連れた夫婦も本来の目的である
方向へ向けて歩き始めた。
シャガ雄はタツ子からジャケットを
受け取ると、やはりその場を去った。
シャガ美は飛び切りの笑顔で
私にこう言った。
『ありがとうございます。
チェーンの達人ですね。』
ほう、その称号は悪くないぞ。
私の頬をなでる風が妙に
心地よかった。
自転車にまたがり、タツ子は
もう一度、私を振り返った。
私は軽く右手を上げ、その笑顔に
答える。
『ありがとう。自転車屋のおじさん。』
おい。
俺は自転車屋でもなければ
おじさんでもないぞ。
『じゃあねおじさん。』
シャガ美までが私をそう呼んだ。
ああ、私はおじさんなのか?
オジサント、ヨバナイデ
合掌