日陰に長椅子を出してオッサンが
二人で花札をしている。
一人は元やくざのオッサン、
もう一人はその元ヤクザの
幼馴染のミヨシおいちゃん。
二人は生まれてから一度も
この町内を出たことがなく、
ずっと仲良しだったらしい。
僕達が小学生のころの夏休み、
外で遊んでいると、この二人の
オッサンをよく見かけた。
ミヨシおいちゃんが中学生の頃
喧嘩で他校の生徒に負けると
必ず元ヤクザのオッサンが
仕返しに行ったそうだ。
ミヨシおいちゃんは元ヤクザの
オッサンの真似をしたがっていて
元ヤクザのオッサンがベンツを
買うと真似してベンツを買ったり、
元ヤクザのオッサンがサングラスを
かけてると真似してサングラスを
かけたりしていた。
元ヤクザのオッサンは全身に
びっしりと刺青を入れていて
それを見たミヨシおいちゃんも
真似して入れてみようかと
話をしていた。
『おいちゃん達、何しよん?』
僕らが近づいていくと
花札をしながらこちらを見上げる。
『花札ね?おいちょかぶね?』
『うんにゃ、コイコイや。』
コイコイとは花札を使ったゲームで
花の絵を合わせていく単純な
ゲームだ。
そしてコイコイをしているときの
ミヨシおいちゃんの口癖は
『さあて、コイコイ。
コイがしたい。』
だった。
当時は意味も分からず
真似していた。
ミヨシおいちゃん、刺青はどうしたん?
と尋ねると、気さくな笑顔を向けて
ボクらにこう答えた。
『やっと、銭が貯まったけの、
昨日から彫りに行きよるわ。』
と、Tシャツをめくって背中を
見せてくれた。
背中の真ん中には、丸い印が
二つ彫ってあった。
『何?これ?』
『これはの、コイが滝を上る
絵を描くったい。
ほんで昨日は目ん玉から
描いたんやけど、痛いけ
ここまででやめたんよ。』
次は来週の土曜日らしい。
刺青を入れることを元ヤクザの
オッサンは『ガマンを背負う』と
言うんだと教えてくれた。
それくらい痛いんだと。
2週間位して同じ場所で
また、同じ二人を見かけた。
『おいちゃん、どれくらい出来たか
見してくれ。』
ボクらが話しかけるとミヨシおいちゃんは
う~んと悩んで見せてくれようとは
しなかった。
元ヤクザのオッサンは笑いながら
『痛いけ、もう行かんっち。』
つまり、痛いので彫りに行くのを
やめたとのことだ。
『お前ら、続きを描いてやれ』
元ヤクザのオッサンがマジックを
手渡してきた。
ミヨシおいちゃんは苦笑いしながら
Tシャツをめくる。
背中の真ん中には二つの
目ん玉が描かれたままだった。
『サトルのが絵がうまいけ、
サトルが描いちゃれ。』
ボクは悩んだ挙句、
その目ん玉を利用して
ドラえもんを描いた。
元ヤクザのオッサンは
腹を抱えて笑っていた。
その日以来、ミヨシおいちゃんの事を
元ヤクザのオッサンは
『ドラえもん』
と呼ぶようになった。
ある日、友達と3人で遊んでいる
ところに近所のおばさんが近づいてきた。
『ねえ、あんたらドラえもん
見かけんやったね?』
いつの間にか近所の人たちは
ほとんどの人がミヨシおいちゃん
をドラえもんと呼ぶようになっていた。
それから十年くらい経って
地元の焼き鳥屋に同級生が
数人集まって飲み会を開催した。
そのときにミヨシおいちゃんが
亡くなったということを聞いた。
友人は携帯電話で撮影した
ミヨシおいちゃんの仏壇の写真を
見せてくれた。
ご丁寧にドラえもんの
ぬいぐるみが飾られていた。
ふと、ミヨシおいちゃんの
口癖を思い出した。
『さあて、コイコイ。
コイがしたい。』
なんか、俺のせいで・・・
ゴメンネ。
合掌