207発目 試す話。


ライナーノーツ
ある男が新入社員の部下を伴い
取引先の社長を訪ねてきた。

社長はこの男を買っており
仕事ぶりや提案してくる商品や
サービスなどひどく気に入っていた。

だからなのか、この男と接するときは
普段自分の会社の部下にみせないような
ざっくばらんな態度で接する。

この日もそうだった。

『いやあ、支店長。よく来たね。
どうだい、まだ早いけど一杯やって
行かんかね?』

『いえいえ、社長せっかくですが
表に一人、待たせてますので』

『おや、お連れさんがおるんかい?
じゃあ、そのお連れさんも呼びなさい。
一緒にやろうじゃないか』

『しかし社長。この新入社員というのが
まるっきり躾が出来ておらず、
かえって失礼を働くんじゃないかと
心配ですが。』

『気にすることは無いよ。
私はそうゆう若気の至りには
めっぽう心が広いんだ』

男はしぶしぶ表に部下を呼びに行く。
いいか、お前は黙ってろよ。
何を言われても”はい”か”いいえ”で
答えるんだぞ。と念押しも忘れなかった。

『ほほう。いい顔つきじゃないか
キミも支店長を見習ってバリバリ
仕事をするんだよ』

『はい』

『ところでキミはお酒は飲むのかい?』

『社長、こいつはめっぽう酒が強くて
先週の歓迎会のときなんかは
一時で5升は飲みました。』

『ホントかね?5升ったら大概だよ。
ホントに5升飲めるってのを
ここで証明してくれよ。
もし飲めたらそうだな、小遣いで
5万円やるよ。
その代わり飲めなかったら
支店長から今度食事をご馳走に
なるから。』

『はい。
・・・でも。
支店長、しゃべっていいですか?』

『何だ、言ってみろ』

『オレが負けたら支店長が
損するんですよね?
ちょっと考えさせていただいていいですか?
少し表で考えてきます。』

そう言って新入社員は表に
出て行った。

『なんだいかわいいところが
あるじゃないか。上司に損を
させないように気を使ってるんだ。
あの子は大物になるよ』

『でもね、社長。私もまだ43なんで
こんな言い方はしたくないけど
本当に近頃の若いやつらは
物を知らないですよ。
あいつは特に知らないほうで
このあいだも坪数ってなんですか?
って聞くんですよ。無知ですよ無知。』

『そんなのは、おいおい身につくモンだよ』

しばらくすると新入社員が
戻ってきた。

『そしたら社長、やりましょうか』

『おお、戻ってきたな。酒は何がいい?
焼酎ならなんでもあるぞ』

『じゃあ、その佐藤ってのを
いただきましょうか?』

そうして、新入社員は一升瓶ごと
飲み始めた。
小一時間も経過した頃、
最後の5本目に手をつけ
あと一口ってところで
社長を見据えた。

『しゃちょう、ほんとに
5まんえんくれるんれすよれ?』

少しろれつが回らなくなっているが
もう少しで目標の5升を飲み干す。

横で見ていた男も驚きを
隠せない。

とうとう5升を飲み干した。

社長も驚き、感嘆の声を
上げた。

『いやあ、本当にやっちゃったよ。
すごいな。ところでさっき表に
出て行ったときに何か対策を
したんじゃないのか?
何か秘訣があるんなら
私にも教えてくれないか?』

『いえね、5升ってのが
どれくらいか分からなかったんで
表の酒屋で試しに5升、飲んできたんです。』

ホントニ ムチダネ

合掌

この物語は古典落語の『試し酒』を
現代風にアレンジした物語です。
これを機に皆さんが古典落語に
興味を持ってくれたら幸甚です。

 

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