295発目 クリスマスの話。



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留守電





遠距離恋愛をしていた。

 

北九州の小倉と博多とは

新幹線だと15分だが

やはり遠く感じた。

 

普段は電話で話したり

手紙のやり取りでどうにか

仲を保っていたが

距離の壁が、いやこの場合は

溝か?は埋まらなかった。

 

広島出身の同級生が

ボクの家に牡蠣を持って来て

くれたのはその年の12月初旬だった。

 

大好物の牡蠣を前に

彼女にも食べさせてあげたいと

思った。

 

今度のクリスマスには

ボクのアパートに泊まりに来る。

 

友人に尋ねる。

『冷蔵庫で保管して

どれくらい日保ちするだろうか?』

 

『2~3日は保つだろうが

それ以上は責任とれない。』

 

なるほど。

 

腐らせてももったいないので

食べるとするか。

 

『一度に食べてよい量は

6個までだぞ。』

 

聞くと、広島の漁師は一度に

牡蠣を6個までしか食べないそうだ。

そこから先に待っているのは

地獄のような苦しみだという。

 

彼がくれた牡蠣の箱を見ると

8個入っていた。

 

悩んだが全て焼いてみた。

 

一つ食べてみると、それは

口の中で甘くとろけ、

クリーミーな味わいが喉の奥まで

ずっと続く。

 

最高じゃないか!

 

気が付いたら8個すべて食べていた。

 

満腹の高揚感と、不安が

同時にボクを襲ってきた。

 

こうゆうときは寝るに限る。

 

翌朝起きてみてもボクの体に

異変は無かった。

 

なあんだ、大丈夫じゃないか。

きっとボクの体は牡蠣に対して

強くできているのだ。

 

12月21日。この日を最後に

ボクのその年の授業は終わった。

 

彼女と過ごすクリスマスまで

まだ3日ある。

 

ボクは実家に帰ることにした。

 

ボクを迎えた母は、あんたの好物よ、

と言って酢牡蠣をふるまってくれた。

 

ボクは友人に聞いたあの話をした。

 

『という訳で牡蠣は6個までなんだ。

でもボクは8個食べてもなんとも

なかった。』

 

母は丈夫に育ったボクに

満面の笑みでこう言った。

『じゃ、あんた。今日は

10個に挑戦やね。』

『よっしゃ!』

 

その日、10個の牡蠣を平らげたボクは

若干の不安を胸に床に就いた。

 

翌朝起きても異変は無かった。

 

ボクはとうとう10個の壁を

乗り越えたのだ。

遠距離の壁は

乗り越えられそうにないのに。

 

23日まで実家に泊まり

ボクは博多のアパートに戻った。

 

地獄はその日の夜から

始まった。

 

めまいがし、天井と床が

逆転するような頭痛に襲われ

ボクは夜中であるにも関わらず

大きな声で戻した。

便器にしがみつくように

何度も何度も胃の中の物を

吐いた。

 

ようやく吐き気が収まったころには

夜は白み始め。やがて

朝が訪れた。

 

立てない。

 

全身に力が入らず

熱を測ると41度もあった。

 

一歩も動けなくなり

声も出せなかった。

 

今が何時かもわからない。

玄関の呼び鈴がむなしく

ピンポンピンポンとなる。

 

声を出そうにも力が

入らない。

 

彼女に合いカギは渡してなかった。

 

そのうちあきらめたのか

呼び鈴はならなくなり

今度は電話が鳴りだした。

 

手を伸ばすが丁度

届かない。

 

やがて留守電に切り替わる。

 

『は~い!サトルでぇす。

今夜も親不孝な俺は

親不孝通りにナンパに

繰り出してるぜ!』

という自作のメッセージの後に

ピーっという発信音が鳴る。

 

彼女の声で一言

 

『サイッテー!』がちゃん。

 

言い訳はできない。

ただ、せめて理由だけは

説明させてくれ!

 

ああ、ボクは何故おちゃらけた

メッセージにしていたのだろう。

 

今回の反省点。

①友人の忠告を無視して
10個も牡蠣を食べたこと。

②彼女に合いカギを渡してなかったこと。

③留守電のメッセージが
おふざけバージョンだったこと。

 

ようやく正気を取り戻したのは

25日の午後だった。

 

まずボクがとった行動は

彼女の自宅に電話し弁明することだ。

 

何度かの呼び出し音の後、

留守電に切り替わった。

『は~い、ヤスコです。

ナンパばかりしている彼氏に

愛想をつかして出かけてます。

メッセージをどうぞ!』

 

ぐぬぬ。

 

なかなかやるではないか。

 

これがボクの1990年のクリスマスだ。

 

もう一度言おう。

 

カキハ、6コマデ

 

合掌



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