649発目 若い人に通じない話。


真っ黒なビニール袋を肩に担いで、歩いているおじさんがいた。

 

秋葉原駅前の広場のところだった。

 

昼の3時ごろだったので人影はまばらだったが、それでもそこにいる人たちは、そのおじさんに注目していた。

 

「あの袋には何が入ってるのだろう?」

 

そんな疑問を口に出せずに、ただ見守る、そんな雰囲気だった。

 

どこからともなく制服を着た警官が集まってきて、おじさんを取り囲んだ。

 

「お父さん、ちょっとごめんね、警察だけど。」

 

おじさんは、きょとんとした顔で自分の周囲を取り囲んだ警官をぐるりと見回した。

 

「その袋の中身を確認させて欲しいんだ。」

 

周囲の人たちはみな、足を止めた。 私もそれに倣って足をとめ、ことの成り行きを見届けようと思った。

 

「か、確認って、何だよ? おたくら何の権利があってそんなこと言ってんだよ。」

 

「いわゆる職務質問っていうやつなんだよ、お父さん。急いでるとこ悪いけどさ、協力してくださいよ。」

 

言い方は低姿勢だったが、あきらかに威圧しているようにも見えた。

 

「公務なんでね、ご協力お願いしますよ。」

 

「たいしたモンは入ってねぇよ。」

 

「それはこっちで判断するからさ。ね?ちょっと袋から手を離してくれる?」

 

そう言って警官は半ば強引におじさんの手から黒いビニール袋を取り上げた。 そのまま、別の警官がおじさんを少し離れたところに連れて行き、身分証の提示を促している。

 

ガサガサと袋の中を確認している若い女性警官が、大きなアルミの箱を取り出した。

 

「これは、何ですか?」

 

手に持ったアルミの箱をおじさんのほうに掲げながら、女性警官は聞いた。

 

ちょっと逡巡したおじさんは、あきらめたように大きなため息をつくと、あきらめたように話し始めた。

 

「信じてくんねぇだろうけどよ、そいつはあれだよ。タイムマシーンの試作品だよ。」

 

警官は驚いた表情など見せもせずに、薄ら笑いを浮かべながら

 

「へえ、すごいね。お父さんが作ったの?」

 

と聞き返した。 まるでおじさんの言い分が嘘だと決めてかかっているようだ。

 

「ああ、俺が作ったんだよ。でもまだ完成品じゃねぇんだ。」

 

尚も袋をガサゴソやってる女性警官が、次の獲物を手にした。

 

「じゃあ、これはなんですか?」

 

女性警官が手にしたのは、白いフェルトの枕のようなものだった。 三日月の形をしている。

 

「おお、それは4次元ポケットだ。」

 

今度はおじさんに身分証の提示を促した警官が話しかけた。

 

「名前と住所を言ってくれる?」

 

「さっき身分証をみせただろ?そこに書いてあんべ」

 

「うん。今度はお父さんの口から言って欲しいんだ。」

 

「大体、想像がつくだろうがよ。タイムマシーンに4次元ポケットだぜ。キテレツくんだよ。」

 

おじさんは、そのまま交番に連れて行かれた。

 

う~ん。

 

何者だろう?

 

タイムマシーンに4次元ポケットときたら、てっきりドラえもんって言うのかと思ってたのに。

 

キテレツくんかぁ。

 

足を止めていた周囲の人たちが一斉に歩き始めた。 まるで時間が止まってたみたいだ。

 

すれ違ったサラリーマンの声が聞こえた。

 

「先輩、アキバってやっぱ変なヤツが多いんですね。」

 

「だな。」

 

「キテレツくんってなんですか?」

 

「知らねぇのかよ!アニメだよ。」

 

そうか、若い人はキテレツ大百科を知らんのかぁ。

 

あのおじさん、キテレツ大百科のこと
知ってたんか?

それとも?

 

キテレツ

 

合掌

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