601発目 監視される話。


サラリーマン金太郎

たまたま入ったラーメン屋は入った瞬間に失敗した!と思える店舗だった。

 

お昼の書き入れ時であるにもかかわらず、客は私一人だけで、店舗側はおばちゃん3人と大将が1人の4人体制だった。

 

4対1。

 

「いらっしゃいませ。」

 

おばちゃんの一人がとてもうれしそうに出迎えてくれた。 もう後には引き返せない。

 

「さ、さ、こちらにどうぞ。」

 

私を一番奥のテーブルに案内し、お冷やではなく麦茶を持ってきた。

 

今度はもう一人のおばちゃんがメニューを持って近づいて来た。

 

「これが今日の日替わり定食なの。 醤油ラーメンと半チャーハン。」

 

おばちゃんが薦めるメニューはセットで1,000円だった。 私の昼ごはんの予算をはるかに超えている。 メニューから眼を上げ、おばちゃんをみるとキラキラした眼で私を見ている。

 

なんだ、注文するまでそこに立ってるつもりなのか?

 

仕方がない。私は意を決して言った。

 

「じゃあ、その日替わりのセットをください。あ、シナチクは抜いてください。」

 

「はい、メンマですね。」

 

(やはりお前もメンマって言い直すんだな)

 

「日替わりセット~」

 

「はいよ~」「はいよ~」「はいよ~」

 

おばちゃん以外の3人が同時に返事をした。

 

そして3人目のおばちゃんが近づいてきた。 なんだなんだ? おばちゃん3人が分業しているのか? それともあれか? ジェットストリームアタックか?(注1)

 

「お兄さん、これほら。」

 

そう言ってサラリーマン金太郎の7巻と8巻を差し出された。

 

どうゆうこと?

 

「できるまでこれでも読んで待ってて。」

 

2冊だぞ!そんなに時間がかかるのか?

 

私はこっそり3人のおばちゃん達に名前を付けた。一人目がガイア。二人目がマッシュ。そして最後の漫画を持ってきたおばちゃんがオルテガ。いわゆる黒い三連星(注2)だ。

 

オルテガは私への攻撃を終えた後、つまり漫画を持ってきてくれた後、そのまま私の向かい側に腰を下ろした。

 

気になる。

 

監視されてるみたいだ。

 

頼む!

 

誰か他の客、来てくれ!

 

私はオルテガを見ないようにし、漫画を読み始めた。 読み始めてみると、これが以外にも面白く、つい没頭してしまった。 金太郎が東北支社へ転勤となり談合屋と呼ばれている伊郷副支社長と殴りあうシーンのあたりで、それはつまり1冊目のほぼ終わりのほうなのだが、ラーメンが届いた。

 

ラーメンを持ってきたのはガイアだった。

 

「すぐにチャーハンもお持ちしますね。」

 

私はピンと来た。 ジェットストリームアタックの2発目だ。 チャーハンはマッシュが持ってくるに違いない。 私はサラリーマン金太郎を読み進める。

 

程なくしてマッシュがお盆を持って近づいてきた。 オルテガはまだ私の前で座ってスポーツ新聞を読んでいる。

 

「はい、お待ちどうさま。伝票はここに置いとくわね。」

 

その声をきっかけにオルテガも立ち上がりマッシュと一緒に厨房のほうへ引き上げて行った。

 

ようやく黒い三連星の攻撃を受け終わった私は漫画本を置き、ラーメンを食べ始めた。

 

まずい。

 

そう、全然美味くない。

 

チャーハンは?

 

まずい。

 

なんだよ!これで1,000円も取るのかよ! 私は我慢して全てをたいらげた。 一刻も早くこの場を去りたい。 伝票を掴みレジへ向かう。

 

ガイアが出てきて「ありがとうございます。1,000円です。」 と深々とお辞儀した。 私は用意していた1,000円札を渡した。

 

ガイアは私に飴玉を差し出した。

 

「これ、お口直しにどうぞ。」

 

お口直しってどうゆうことだよ! まずいって自覚してんのか?

 

「あ、ありがとうございます。じゃ、遠慮なく。」

 

すると奥からマッシュとオルテガと、更に大将まで出てきて深々とお辞儀した。

 

「ありがとうございました。」

 

大将が悲痛な表情でこう続けた。

 

「実は私が体調を壊しましてね。この店は今日が最後なんですよ。」

 

「え?」

 

「あなたが最後のお客さんです。ありがとうございました。」

 

え~?

 

そうな~ん?

 

重い、重い! そんな記念すべき客になりたくなかったよ~。

 

「今までありがとうございました。」

 

いやいやいや。オレ今日が初めてやし。

 

オルテガが小さな紙袋をおずおずと差し出した。

 

「お兄ちゃん、これ好きそうだったから持って行って。」

 

紙袋の中身はサラリーマン金太郎だろう。 見なくても分かるわ。

 

私はすごく複雑な気分で店を後にした。 駐車場に出て車に乗り込み、紙袋を開けてみた。 案の定、中身はサラリーマン金太郎だった。 さっきの続きも気になってたから、まいいか、と思うことにした。 漫画を買ったらラーメンとチャーハンがおまけでついてきたと思えば1,000円も惜しくないだろう。

 

しばらく車を走らせてちょうど良い日陰を見つけ、車を停止させた。 あらためて紙袋からサラリーマン金太郎を取り出す。全部で5冊も入っていた。

 

 

2巻から6巻だった。

 

チクショー

 

合掌

 

注1:以下の画像をご参照ください。

注2:黒い三連星(くろいさんれんせい)は、 アニメ『機動戦士ガンダム』に登場する架空の部隊の名称。ガイア、オルテガ、マッシュの3人によるモビルスーツパイロットチーム。

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