スタッフルームから何気なく出てきた亀は、そのままホテルを出て虎の門駅へ戻った。虎の門駅からJR新橋駅に向かう途中にあるインターネットカフェに立ち寄ると、ポケットからUSBメモリーカードを出し、パソコンに差し込んだ。
先ほどのホテルの防犯カメラ映像だった。エントランスに清宮が映っているところまで早送りをし、そこからはゆっくりと再生した。 清宮はカウンターでチェックインをしているようだ。 怪しい人影は見えない。そのまま清宮はエレベーターの方にフレームアウトしていった。
しばらくは早送りしながら進めた。1時間ほど進んだところで怪しい人影を見つけた。野球帽をかぶって肩からカメラをぶら下げている。亀はモニターの右下に表示されている時間を確認した。素早くそれをメモすると、また早送りを始めた。一通り見終わったが怪しい人影は、あの野球帽のカメラ野郎だけだった。
亀はインターネットカフェを出ると、もう一度ホテルに向かった。 カウンターで黒い手帳を出し、受付の女性に話しかける。
現在、警察では身分を明かす際に昔のテレビドラマのような黒い手帳を出すことはしない。よっぽどのことがない限りは、名刺を出してくる。そして、個人情報の開示を求める書類「例外扱い申請書」というものを出してくる。黒い手帳で「警察だ」という警察はいない。
だがやはりテレビドラマの影響なのだろう、受付の女性は亀が扮した偽警察にすっかり騙され、亀が渡したメモの日時に宿泊した全員の名簿を出してきた。亀は礼を言ってその場を立ち去り、自宅へと戻った。
リストにはおよそ400ほどのデータが羅列してあった。だがあの野球帽が宿泊とも限らない。 だが亀はリストの上から5番目に記載された名前を見て嫌な予感がした。
奈津美は、息子から電話があったことで、浮かれていた。土日に夫と二人きりにならなくて済むし、何より息子が連れてくる孫に会うのはとても楽しみだった。 昼前には到着するらしいからお昼の準備をしておかなければならない。奈津美は夫に留守番を頼み、駅まで買い物に来た。
駅の所で声を掛けられた、奈津美はその相手が堺だと分かって安堵した。
「お久しぶりです、八島さん」
堺は屈託の無い笑顔で話しかけてくる。
「息子家族が週末に遊びに来るので、買出しに来たんです。」
奈美恵は聞かれても無いのに答えている。久々に見る堺は相変わらず魅力的だった。奈美恵よりも一回りくらい若い堺は胸板も厚く背も高い。男らしい体躯とは対照的にまつげが長く女性的な顔立ちというギャップが奈美恵の心を惹いた。 今風の言葉で言うと『萌え』たのだ。
「今日はお店を開けないんですか?」
「そうなんですよ、申し訳ありません。喫茶店なのにコーヒー豆を入荷し忘れてて。致命的ですよね?在庫であるのは不味いコーヒー豆だけなんですよ。 それだと店を開けるわけにはいかないんですよ。ラーメン屋なのにラーメンが不味くてチャーハンが人気メニューだったらがっかりでしょ?」
「何をやっとるんだ?」
突然の声に奈津美は振り返った。そこには夫が立っていた。
「あ、あなた。 こちらは私がよく行く喫茶店のマスターの堺さんよ。」
堺は奈津美の夫をじっくりと観察した。
「ほう。あなたが八島さんですね?」
「そうですが、妻がいつもお世話になってます。ほら、行くぞ」
「また、お会いできますかね、八島さん?」
「いえ、失礼します。」
奈津美は困惑した。夫が自分の手を引っ張っている。まるで堺から引き離そうとするかのようだ。もしかして嫉妬してるのかしら?奈津美は不思議な気分だった。
「あの男のことはいつから知ってるんだ?」
「もう15年くらいになるかしら・・」
「その頃から監視してるのか!」
「監視って?」
「いや、いいんだ。分かった。帰るぞ」
奈津美はそれ以上を夫に聞けなかった。
ツヅク
合掌