若いときにバンドを
やっていたんですよ。
猛烈に人気がなかったですね。
博多駅の近くのライブハウスで
動員数6人という新記録を
打ちたて、そして自分達の
才能の無さに打ちひしがれました。
自信満々でステージに上がり
目の前の6人のお客を
見たときの感覚や、
その6人がまるっきり聞いてなく
スタジオで練習してるみたいだ
という感覚。
これは経験した者にしか
わからないだろうと思います。
だから、だから、
今、あなたの気持ちを
分かってあげられるのは
もしかしたら私だけかも
知れませんよ。
私はたくさんの酔客で
ごった返すスナックの
一角にある小さなステージで
カラオケに興じる男を
みつめた。
ざっと見ても店内には
20人くらいの客がいる。
だが、見事に誰も聞いてない。
ホステスの誰もが聞いてない。
従業員ですら聞いてない。
選曲が悪かったかな?
あなたにはキーが
高すぎたようだよ。
そんなに簡単に
スターダストレビューは
歌いこなせないよ。
木蘭の涙を歌い終えた
彼は満足そうにしていたが
自分の席に戻ったとき
連れの誰もが聞いてなかったことに
腹を立てた。
『悪い悪い、次は聞くから。』
すると彼は性懲りも無く
次の曲を入れようと
リモコンを操作しだした。
私は画面に注目する。
ぴぴぴぴぴぴ。
画面上の方にテロップが
流れた。
『次曲 レイニーブルー』
ああ、ダメだって!
そんなキーの高い曲は
あなたには無理ですよ。
だから誰も聞いてないんですよ。
高いキーを外した歌なんて
雑音でしかないんだから。
『レイニーブル~
もほほほほお~
終わはったははずなのにぃぃぃ』
終わってるのはあなたですよ。
ほら、もうぜいぜい言ってる。
あら、やめるの?
途中なのに?
無理って分かったの?
彼は自席に戻って来て
大きな声で言った。
『だあれも聞いてないじゃん!
せめてお前等は聞けよな!』
とホステスを指差した。
『あ!じゃあ、リクエスト
するんで、それを歌ってください!』
『そしたらちゃんと聞くの?』
『聞きます聞きます!』
『いいよ、じゃあリクエストしてよ。』
ああ、ダメだよ。
多分、また聞いてもらえないよ。
やめたほうがいいよ。
はっきり言うよ。
あんたさ、
すごく
ヘタだよ。
『じゃあ、昔のアイドルの曲、
歌ってください。』
『昔のアイドル?』
『結構マニアックな曲も知ってますよ。』
『よし!じゃあ、これだ!』
私はモニターを見上げる。
どうせマッチとかシブガキ隊とかだろ?
ぴぴぴぴぴぴ。
『次曲 ガラスの10代』
おお!
光ゲンジか。
これならキーを外すことは
無いだろう。
私は少し安心した。
モニターに歌詞が流れる。
さん、はい!
あ!何してんの?
もう始まってるよ!
『言わないで~』
あ~あ~、もうズレまくってるよ。
あなたさ、キーだけじゃなくて
リズムも外してるよ。
ピッチが合わないなら
せめてタッチくらいあわせなきゃ。
だから誰も聞いてくれないんだよ。
私には彼の歌が
『聞かないで~聞かないで~』
と歌ってるような気がした。
『こわれそう~なも~のばか~り
あ~つめてしまうよ~』
ヤカマシワ
合掌
飲み屋のカラオケは、聴くところでは無い。。
いかに早く酔って、歌うかの ところである。。
確かに! 誰よりも早くレッドゾーンにぶっ込まなきゃ!