札幌に来て1年半が経過した。 北海道ってトコロはとても美しいトコロだと痛感している。 それは景色だけでなく、言葉もだ。 博多と違って方言がないからか、とても柔らかく美しい話し方をする北海道の人々は優しい人も多い。 街を歩いていても怖そうな人を1人も見かけない。
方言がないと前述したが、厳密に言うと方言はあるらしい。 私には標準語にしか聞こえないが東京の人に言わせるとイントネーションが違うそうだ。 だが、やはり博多の方言に比べると限りなく標準語に近いだろう。
そのせいか、方言を話している人が居ると目立つ。 目立つというか会話が自然と聞こえてくる。 もちろん盗み聞きする気など毛頭ない。 だがやはり 『ん?方言だな。』 と思うと話している内容まで聞き耳を立ててしまう。
昼食を摂りに事務所近くのラーメン屋に行った時の事だ。 隣のテーブルに座る一組の会話が気になってしまった。
40代と思しき男性と20代くらいの女性が二人、向かい合って座っている。 女性二人を前にし、話している男性の方言はおそらく関西方面だろう。
『こないだ博多に行ったねやんか~』
方言であるだけで気になるのに、博多というキーワードまで出てきたからには聞かずにおれないだろう? 私はラーメンを食べながら耳だけはそちらのほうに向け集中した。
『俺な、もう何回も博多に行ってるから、結構詳しいねんで。』
『え~、じゃあ、ラーメンとかどこがオススメですか?』
『そらあ、博多でナンバーワンのラーメン言うたら、あそこしかないわ。』
そう言ってその男性は地元の人だとあまり行かないラーメン屋の名前を挙げた。 私は心の中で、そのラーメン屋なら東京や大阪、札幌にもあるし、化学調味料を豊富に使用した邪道なラーメンだよ、とつぶやいた。
『あ、博多ってモツ鍋もおいしいですよね。』
『モツ鍋ならあそこやな、え~っと。』
私は今度こそあの名店の名前が出ることを期待した。 そう、私も大好きな大石だ。 だが案に相違してその男性は、ある居酒屋の名前を口にした。 しかもその居酒屋は札幌にもある。なんだこいつ。全然詳しくないやん。 ちょっと、間違った情報を言いふらさないでよ!
『観光スポットってあります?』
よし!男!今度こそ言えよ!ビシっと決めろよ。 間違っても大濠公園とか言うなよ!
『福岡タワーなんかええんちゃう? ヤフオクドームもあるし。』
あああ、そっちかぁ。 そこは観光スポットなのかなあ? なんだかこいつ知ったかぶりだなぁ。海ノ中道あたりを勧めた方がいいんやない?
『あ、でも、水炊きもおいしいんですよね?博多って。』
お!来た。 今度こそお前、大丈夫やろ? 水炊き長野の名前は今や全国区だからな。
『ああ、水炊きは食べたこと無いなぁ。』
何回も博多に行ってるのに? 水炊きを食べたこと無い? お前、一体何しに博多に行きよるんか? 仕事か? 仕事ならなおさら向こうの人が水炊きくらい連れて行くやろが!
『あとは、中洲やなあ。 自分らは女の子やから行かへんやろうけど、男は必ず中洲に行くよな。 ほんでな、博多駅からタクシーに乗るやんか? ほんなら行き先は中洲って言わへんねんぞ。』
『え~、なんて言うんですか~?』
もういいよ、もうお前には何の期待もしない。 どうせ中洲交番とか言うんやろ?
『あんな、丸源36って言うねんぞ。』
あれ! 正解が出た。
『丸源って言うビルがあって、そこから中洲の中には一方通行で入られへんねん。 せやからみんなそこで降りて歩いて行くねん。』
中洲で飲む人しか分からないようなニッチな部分だけをピンポイントで覚えて来たのか?この人は。
『お土産は何が有名でしたっけ?』
ふう。コレは正解が出るやろ。
『え~っとねぇ、からしレンコンやったっけなぁ。』
『ちょっと失礼します。 からしレンコンは熊本のお土産です。 博多なら博多通りもんの方がよろしいのではないでしょうか? ちなみにモツ鍋なら大石がオススメです。 予約しないと入れないので事前に電話したほうがいいですよ。 それから水炊きは長野が有名ですね。ですが予算に余裕があるのなら元祖水月もオススメです。 この店は水炊き発祥の店といわれてますから。』
とうとう我慢できずに一気にしゃべってしまった。 関西弁の男がポカンとした顔で私を見ている。 私は伝票を掴みレジへ向かった。
あれ以来、あのラーメン屋で関西弁の男を見ることが無くなった。
ああ、ラーメン屋のオススメも言うとくんやったぁ。
イチランナンカイカナイデヨ
合掌