227発目 駅の階段の話。2


ライナーノーツ
~ラーメン屋~

普段は客が少ないのに

今日に限ってなぜこんなに

客が来るのだろう?

店主は暖簾をくぐって入ってきた

スーツを着た男性二人に

愛想よくいらっしゃいませと

言った後に、面倒だなと舌打ちをした。

 

二人の後を追うようにもう一人

眼鏡をかけた背の高い男が

入ってきた。

 

先に入ってきた女と合わせると

全部で4人か。

面倒だな。

店主はもう一度舌打ちをした。

 

全員が同じメニューを注文すれば

効率が良いのに、という店主の

淡い期待はあっさりと裏切られ

4人が4人とも違うものを

注文してきた。

 

仕方ない。これも仕事だ、と

麺を茹で始める。

最初のラーメンが出来たので

女に持っていく。

そのとき、入り口のドアが

チリンと鳴った。

 

店主は反射的にいらっしゃいませと

言う。と同時に入ってきた入り口の方を

見やる。天然パーマの気味の悪い

男だった。

 

天然パーマの男は、店内を見渡し

はっとした顔をした後、くるりと

向きを変え店を出て行った。

 

 

ドアの音がチリンとしたので

サイトウは新たな客が来たことには

気づいてはいた。

 

その前にも先ほど階段ですれ違った

男達が入ってきたが、目を合わせるのが

嫌だったので下を向いていた。

 

新たな客の顔は見なかったが

入ってすぐに出て行ったようだ。

安堵して顔を上げる。

 

ふと、正面のテーブルに座る先ほどの

男達が3人に増えていることに気づく。

 

ん?

 

あれ?

 

すると背の高い男が

『おお、サイトウ』

と右手を上げる。

 

『あれ、ヤマシタさん!』

『珍しいなこんなところで』

『どうしたんですか?
ヤマシタさんこそ、こんなところで?』

『いやあ、本社から二人が来たので

この駅で待ち合わせしたんだよ。

すぐそこの案件で本社に協力要請したから』

ヤマシタは二人を振り返る。

小さな声で

『彼女、ウチのサイトウです。』

と紹介した。

スーツ姿の男性二人も

それぞれ自己紹介した。

 

サイトウが嫌悪感を抱いた若い男は

スズキと名乗った。

ヤマシタが一緒に食べようと言わなければ

いいな、と思ったが

ヤマシタはそんなことはおくびにも出さず

『じゃあ、お疲れ』

と言ったきり本社の男達との会話に戻った。

 

 

店主は女のきれいな顔に見惚れたが

次の麺が茹で上がるころだったので

厨房へと戻った。

後から来た背の高い男と

女は知り合いのようだ。

それにしても、と店主は思った。

それにしても先ほどの天然パーマ

の男はなんで入ってこなかったのだろう。

あの男は確か昨晩も来ていた。

チャーシュー麺の大盛りを

固麺で頼んだあの男に間違いない。

気色の悪い男だ。

 

~パソコンの中身~

 

事務所でパソコンを操作していたオノウエは

どうしても必要な画像データが

保存されていないことに気づいた。

周りにいた社員に持ってないかどうかを

確認してみる。

が、誰も持ってないという。

もしかしたらアラキのPCに入ってないか

と社員の一人が言った。

アラキは先月末に退職した男だ。

オノウエはアラキのことが嫌いだった。

無口でむっつりしていて飲み会にも

あまり参加しないし、そもそも

コミュニケーション能力がゼロなのに

何でこいつは営業をやってるんだろう

と不思議でならなかった。

 

入社以来、ひとつも契約を取らずに

退職して行く人間をオノウエは

初めて見た。

一度なんかは、オノウエが担当した

若い女性のお客さんを横取りしようと

したことがあったので会社の裏に連れて行って

散々説教したことがある。

そのときも一言もしゃべらず、

謝罪すらしなかった。

何故そんなことをしたんだと

問い詰めたらボソっと

『好みだったんで』

とぬかしやがった。

オノウエにとってのアラキは

ゴミ以上に汚いものでしか

なかった。

オノウエが体にピチっとフィットした

スーツを着てきたときは

アラキがずっと自分のお尻を

見ていることに気づいたため

せっかくのお気に入りのスーツだったが

会社に着ていくことをやめた。

たとえそれが既に退職したとはいえ

アラキのPCだと思うと

触ることさえ躊躇われた。

悩んだ末、今日は上司のサイトウが

休日出勤してくるので

そのときに相談しようと考え、

一旦、資料作りの手を止めた。

 

ソシテマタ ツヅク

合掌

 

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