「カタツムリのカラを取っても、ナメクジにはならんとよ。」
息子と風呂に入っている時に、彼が唐突にそう言ってきた。
「え?そうなん?」
私は思わず聞き返していた。まさかこんなに早く嘘に気づかれるとは・・・
「うん。今日 学校で読んだ本にそう書いてあった。」
私は彼が今よりも小さい頃に、ナメクジと宇宙人の話をよく聞かせていた。
彼がグズグズ言って、なかなか寝ようとしなかった時には、必ずこの話をして寝かしつけていた。息子はこの話が大好きだった。
何度も何度も繰り返し同じ話をしたことで、私自身もどこまでが実話でどの辺からが脚色した部分かが分からなくなっていた。
いわゆる「虚構と現実の区別がつかない」状態になっていたのだ。
「お父さんさ、小さい頃に話してくれたよね?ナメクジの話。あれもう一回話して。」
数年ぶりだったので思い出しながら、私は訥々と話し始めた。あの頃付いた嘘が今頃になってばれることになろうとは。
「あれは確かお父さんが小学生の頃だから、今から17~8年くらい前かな?」
おっと、いかんいかん。ホステスと話すときの癖で、すぐ年齢をごまかすボケをしたくなる。当然息子は意味も分からずスルーする。(駄洒落じゃないぞ)
「夏の暑い日だったよ。台所の近くの床に1匹のナメクジを見つけたんだ。ところで君はテレポーテーションって言葉を知ってるかい?」
息子は、え~なんやったっけ、それ? 小さい頃教えてくれたよねぇ? と必死で思い出そうとしている。
「テレポーテーションは瞬間移動のことだよ。」
「あ!そうやった。 でもそんなら、何で最初から瞬間移動って言わんの?」
お!そこを突っ込んでくるか。さすが我が息子。
「まあ、いいやんか。 それでね、そのナメクジを退治しようとしてお父さんは台所に向かったんよ。何でと思う?」
「分かった。塩を取りに行ったんや!」
「正解。 そしてしかもその場所は台所のすぐ近くやった。 庭に出る窓まで3メートルくらいある。 お父さんは、塩を急いで取りに行ってナメクジがおった場所まで戻って来た。」
「うんうん。そしたら?」
「そこにナメクジはおらんやった。10センチくらいの這った跡がついとったくらいや。」
「おお!テレポーテーションやん?」
「その通り。 お父さんは塩の瓶を片手にナメクジを探した。そしたら、庭に出る窓のトコにおったんよ。しかも、元おった所からそこまでには這った跡なんかまるっきりついてなかった。」
私は一呼吸おいて、話を続ける。
「テレポーテーション以外には考えられん。そこで、お父さんは考えた。ナメクジはきっと宇宙からの使者やないやろか?と。」
「でもね、お父さん。ナメクジには脳がないらしいんよ。地球の情報をナメクジが調べよったとしても、どうやってその情報を覚えとくんやろ?」
「そやろうが?だけん、あいつらは時々、カタツムリと入れ替わりよるんよ。 あのカタツムリのカラが記憶装置になっとって、時々宇宙に送りおるんやないやろか?」
「そうか。そうやね。そうゆう話やったよね?でもさ、さっきも言ったけど、今日図書館で読んだ本にはカタツムリとナメクジは別々の生物ですって書いとったんよ。」
「え~っとえ~っとね。別の別の生物や、って発見した人はたまたまナメクジと入れ替わる前のカタツムリを調べた人やったんよ。お父さんの予想やと、ナメクジとカタツムリが入れ替わるのは夜中やと思うんよ。ほんで朝方にばたばた戻ってきて、もう一回入れ替わる。」
「なるほどねぇ。カタツムリのカラに入っとる間にナメクジはぐっすり休むんやね?」
「そうやな。寝る時間やろうな。」
「あ!でもさ、それならカタツムリは全然眠れんね。」
「明日、学校に行ってもう1回調べてみい。カタツムリは不眠症って書いとるかもぞ。」
「おお!じゃあ明日も図書館に行こうっと。」
こうして、息子は私の与太話をキラキラの澄んだ心で100%受け入れてくれるのであった。
理由はどうあれ、彼が図書館に通い、たくさんの本を読むきっかけになってることを私は誇らしく思う。心配なのは、父親の虚言癖に彼がいつか気がつくということだ。
誤解のないようにこれだけは言っておきたい。
ナメクジはテレポーテーションする!
これは本当だ。
ダッテミタンダモン
合掌