606発目 夏の思い出話。


nevermind

北海道に比べると、やはり横浜の夏は暑くて湿気が多い。 通勤電車に乗るだけで全身から汗が吹き出てくる。 こんな暑い日々を過ごしていると、あの頃を思い出す。

 

あれは確かニルヴァーナが「Smells Like Teen Spirit 」 をリリースした年だから1991年ごろだったと思う。 ビキニ・キルのキャスリーンハンナが楽屋の壁に 「カートコバーンはティーンスピリットの臭いがする。」と落書きされたことでこの曲名がついたと言われている。

これがきっかけで 「Teen Spirit」 という名前のデオドラントが一気に有名になった。

ボクは別に体臭が気になる方じゃなかったのだが、ロックミュージシャンに影響を受けやすい若者だったため、迷わずこのデオドラントを買いにデパートへ走った。

 

某有名デパートの1階には化粧品を扱うブースがひしめき合っていて、そのどれもにバチっとメイクを施した美女が配置されていた。

 

当時20歳になるかならないかのボクはそれだけで少し気後れしたが、勇気を振り絞って一人の女性に声をかけた。その女性はにこりと笑ってボクに売り場の場所を教えてくれた。

 

教えられたとおりのブースに行くと、こちらにもやはり絶世の美女がたたずんでいた。 とびきりの笑顔をボクに向けた女性に話しかけてみた。

 

「ティーンスピリットが欲しいんだ。」

 

破れたジーンズにディセンデンツのアルバムジャケットがプリントされたTシャツを着たボクのことを邪魔者扱いすっることなく、彼女はブースの奥から二つのデオドラントを持ってきてくれた。

 

「こっちが試供品よ。試しに匂いをかいでみる?」

 

ボクは彼女の申し出に首を縦に振ることでイエスと表現した。

 

彼女はリトマス試験紙みたいな紙片にティーンスピリットを垂らすとボクの右手にそれをそっと渡してくれた。 ティーンスピリットはボクが想像してたよりずっと爽やかな香りで、一発で気に入ってしまった。

 

「これにするよ。」

 

彼女はここでもニコリと笑い、カウンターの下から包み紙を出した。

 

「プレゼント?じゃないわよね?」

 

「ああ、自分で使おうと思ってる。」

 

「そうなのね。無粋なことを聞いてごめんなさい。でも、お客さんには必ずそう聞くように言われてるの。」

 

「言われてる?誰に?」

 

「化粧品のことなんてなんにも知らないスーツを着た偉そうな男達によ。」

 

彼女はそう言ってペロリと舌を出した。

 

「今のは内緒よ。」

 

ボクはお金を払い、待ちに待ったティーンスピリット入りの紙袋を手にした。

 

「カートが好きなの?」

 

ボクは驚いた。 こんな綺麗な女性がニルヴァーナを知ってる事もそうなのだが、カートコバーンをカートと呼ぶ女性に初めてお目にかかったんだ。

 

「ニルヴァーナを知ってるんだ?」

 

「ネヴァーマインドは今や私のヘビーローテンションなの。」

 

ボクは一気にこの女性に好意を持った。 彼女とニルヴァーナについてもっと語りたいとさえ思った。 だけどボクはまだその頃、20代に毛が生えた程度のクソガキだったし、彼女の年齢は分からないけど、おそらくボクみたいなガキじゃないことだけは確かだった。

 

「この売り場でティーンスピリットが売れたのはあなたが最初のお客よ。 記念に名前を教えてちょうだい。」

 

「サトル、ヤマシタサトル」

 

「そう。いい名前ね。」

 

店を出た後もボクはどきどきしていた。 アパートに戻ったらすぐにプレイヤーにCDをセットしネヴァーマインドを何度も聞いた。 もちろん、首筋にティーンスピリットを付けてカートコバーンになったつもりで聞いた。

 

それから2年くらい経った頃だろうか?そんな出来事も忘れていたし、すでにティーンスピリットの瓶は空っぽになっていた頃だ。 福岡の中心街である天神のCDショップにふらりと立ち寄ったときに偶然にも彼女を見かけたんだ。

 

ボクは迷ったけど、勇気を振り絞って声をかけてみたんだ。

 

「やあ、久しぶり。覚えてる?」

 

彼女はボクの方を振り向いて、あの頃のままの笑顔で

 

「ナンパにしちゃ、古い言い回しね。」

 

と言った。

 

「もうティーンスピリットはつけてないの?」

 

「ああ、もうとっくになくなったし、ボクもいつまでも10代じゃないからね。それは?」

 

彼女が見せてくれたCDはニルヴァーナのIncesticideというコンピレーションアルバムだった。

 

「もう聞いた?」

 

「最近は聞いてないんだ。」

 

「どうして? カートがヘロイン中毒になったから?」

 

「それもあるけど、ボクはやっぱりグランジよりもパンクロックの方が好きなんだ。」

 

彼女は少し寂しそうな顔をして、こう続けた。

 

「さっき、もう10代じゃないって言ってたけどサトルはいくつなの?」

 

おお、ボクの名前を覚えていてくれたんだ! と少し有頂天になりかけた。ボクは彼女の名前すら知らないのに。

 

 

「もう22歳だよ。君は?」

 

「女性に年齢を尋ねるのはタブーなのよ。でもそうね、ヒントをあげるわ。 あなたより2つ年上の人たちより2歳は若いわ。」

 

ボクはこの後、彼女と付き合うことになるがカートコバーンが死んだ翌週に別れることになる。

 

彼女の名前は覚えてない。もしかしたら聞くことすらしなかったのかもしれない。

 

ただ、ボクは彼女のことをこう呼んでいるんだ。

 

コートニーラブって。

 

アア、ノスタルジー

 

合掌

 

 

 

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