558発目 迷走の話。


中央線

 JR中野駅のホームは全部で4つある。4つあるということは、どこから乗るべきかを、きちんと把握する必要があるということだ。せっかちな私は読みかけの小説の続きが気になっていたため、アナウンスにしたがって4番ホームに駆け上がった。「まもなくドアが閉まります。」というアナウンスは私を急かしているのか、危険だから次の電車にしなさいという警告なのか判断がつかない。

 

私が向かいたかったのは池袋なのだが、乗り換え無しで行けないことは切符を買うときに確認していた。新宿で一旦降りて乗換えだ。私がアナウンスに従って駆け込み乗車したその電車は千葉行きの電車だった。

 

東京の地理に明るくない私でも千葉が新宿の更に先だということは知っている。がら空きの車内をざっと見回し誰も座ってない長椅子に腰掛けた。これで新宿で乗り換えれば池袋なんてすぐだ。楽勝だな。

 

ようやく腰を落ち着け、読みかけの小説を開いた。日明恩という作家の作品でシリーズ3作目の警察小説だった。

 

簡単に内容を説明すると、ホテルで立てこもり事件が起きた。たまたま非番で訪れていた主人公の武本刑事は凶暴な犯人相手に丸腰で戦いを挑み、事件を解決に導くのだが、丁度、犯人の1人から足に銃弾を受け、命からがら避難している場面だった。

 

読み進めていくうちに、ドキドキしてきた。武本刑事は助かるのかなぁ、一緒に居るホテルマンの西島さんはどうなるのかなぁ?と。

 

車内のアナウンスが大手町に到着することを告げた。

 

え?

 

大手町? なんか聞いたことある地名だな。 読みかけの小説から顔を上げ、周囲を見回す。窓の外は真っ暗だ。

 

おかしい。

 

メガネを掛けなおし出入り口ドアの上に設置された電光掲示板を眺める。

 

「地下鉄東西線」

 

地下鉄?

 

何故だ?俺はJR中野駅から電車に乗ったぞ。何故、今俺は地下鉄に乗っているのだ?

 

手にしている小説より奇怪なミステリーだ。 どうするヤマシタ刑事? この事件をどう解決する? 事実は小説より奇なり、だな。

 

私はとりあえず、路線図をみた。やばい、東京駅の近くまで来てるじゃないか!しかたない、ここで乗り換えるか。私は大手町でJRから地下鉄に変身した電車を降りた。路線図や天井にぶら下がってる看板を見る。「JR東京駅→」ってことは右かぁ。てくてくと歩く。階段を上る。また少し階段を降りる。ようやくJRの改札が見えて来た。ここでもう一度手帳を取り出し路線図を確認する。え~っと。中央線で飯田橋まで行って、そこで有楽町線に乗り換えると東池袋駅か。 お!!それいいやん!東池袋ならサンシャインまで地下でつながっとるし。

 

東京駅の改札をくぐり中央線の乗り場を探す。「あんたが探してるのはこっち→」と書いている看板のとおりてくてく歩く。やがて地下に降りていくエスカレーターが現れた。

 

おいおい。大丈夫か? これものすご~く深いところに入って行くやん! 地底人とか出てくるんやない?

 

エスカレーターはグイングインと地中深くもぐっていった。やっとの思いで中央線のホームにたどり着く。

 

ん? 総武線(快速)? なんじゃこれ? いつの間に変わったん? 私は近くにいた駅員に尋ねた。

 

「あのう。中央線って?」

 

「ああ、ここでいいですよ」

 

私はホッと安堵の息をつく。程なく電車が現れた。乗り込むと席はガラガラに空いていた。私は適当なところに座ると、もう一度、読みかけの小説を開いた。

 

ホテルマンの西島さんもがんばってるなぁ。犯人は捕まるのかなぁ? あら、犯人たちが仲間割れを始めたぞ。

 

あれ?周囲の人たちが一斉に降りていくぞ。 そう思って窓から外を見ると御茶ノ水の駅だった。なんだ、まだ御茶ノ水か。路線図を見ると私が降りたい飯田橋は次の次だ。今度は確実に降りないと時間も電車賃ももったいないからな。 私は小説を閉じ鞄の中に入れ、斜めに座りなおし窓から外を眺めた。

 

パ~ン!

 

窓の外の景色が右から左へ流れていく。 ゴ~っという轟音とともに駅を通り過ぎた。

 

「水道橋」

 

あれ?停まらない? ものすごい勢いで通り過ぎて行くんやね。 ああ、そういえば(快速)って書いてたっけ?

 

パ~ン! ゴ~~~~~

 

「飯田橋」

 

あららら~! 飯田橋が~、飯田橋も~、過ぎて行く~!ちょっとちょっと~!降りま~す、私、ここで降りま~~~す!

 

電車はさらに次の市ヶ谷も通り過ぎて四ツ谷でようやく停まってくれた。私は疲労困憊で電車を降りて、ホームで一息つく。

 

どうなってるんだ?この電車は俺を飯田橋で下ろしたくないのか? 東京のバカヤローは知らん顔して突っ立ってるのか?幸せのとんぼよ~!どこだ~い?

 

私はもう一度東京方面に向かうホームに行き、そして次に来た電車に乗り込んだ。電車内は空いていたが私は座らなかった。もう、絶対降りてやる! 人目が気にならないならクラウチングスタートでドアの前を陣取ってもいいとさえ思った。

 

さあ来い!飯田橋!今度こそ降りてやる!

 

 

パ~~~~~~~ン!

 

あ~!行っちゃう~!飯田橋が過ぎてゆく~!

 

私は倒れそうになった。 そして悲しくなった。 お母さんの名前を叫びそうになった。 道に倒れて誰かの名を呼び続けたことがありますか~♪  中島みゆき殿、私は今、まさにその状態です。

 

御茶ノ水で降りる。もう失敗は許されない。私は改札のところに行き駅員に尋ねた。

 

「いったい、どうやったら飯田橋で降りられるのでしょうか?四ツ谷と御茶ノ水を行ったり来たりしてるんですけど」

 

行ったり来たりすれ違い 飯田橋とわたしの恋。

 

俺はあみんか!

 

「ああ、快速は停まらないんで別のホームから各駅停車に乗ってください。」

 

え? 別のホーム? マジで? 普通はさ、快速の後に鈍行が来るもんなんやないの? 鹿児島本線やったら同じ線路を快速と鈍行が走りよるんよ! ホームが違うって、あ~た。

 

もう私は疲れがピークだった。今、寝たら朝まで起きない自信もあった。 中野から始まったこの旅が、まさかこんなに長引くとは・・・

 

やっとの思いで、本当に長い道のりをやっとの思いで東池袋にたどり着いた。

 

たどり着いたのに、何だ? この達成感の無さ。 私は何をしに池袋に来たかったんだ?

 

私が失っていたのは「道」だけでなく「目的」もだった。

 

そっと天を仰ぎ、故郷のお母さんを思い浮かべながら私は誓いを立てた。

 

「お母さん、もう中野には行きません」

 

ツカレタ

 

合掌

 

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