511発目 映画のような話。


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月曜日はただでさえ電車が混むのに

その日は雨が降っていたので

普段よりも混んでいた。

 

私が乗る駅は始発から二駅目なので

乗ったときは比較的余裕があるのだが

乗り換えの大通駅に近づくにつれ

どんどん奥に押しやられる。

 

自然と出入り口から最も遠い

位置に押しやられて、降りるのも

一苦労、ってことにもなる。

 

幸い、大通駅ではほとんどの人が

降りるので、力を抜いていれば

人の流れに乗ってするする~っと

降りることは出来る。

 

だが、その一つ前の駅、つまり

西11丁目駅だとそうは行かない。

 

降りる人より乗る人の方が

多いから、スタートで遅れると

人の流れに逆行するように

出て行かなければならない。

 

 

1人の小柄な女性が私の横に

立っていた。

 

最初は小学生かと思ったが

化粧もしているしピアスを

しているので大人なのだろう。

 

何度かつり革を握ろうとして

スカッ!スカッ!っと空振りしている。

 

私は無言で右にずれた。

彼女も無言で会釈し、ようやく

つり革がつかめる位置に

来ることが出来たようだ。

 

『あ!、やばい!』

 

小さな声で彼女が叫んだのは

車内アナウンスで

『右側のドアが開きます。』

と発表されたときだ。

 

次で降りるのだろう。

ドアと反対の位置にいる自分に

気がついたようだ。

 

私と彼女がいるのは左側だった。

次は西11丁目駅で、前述したとおり

降りるためのスタートを遅らせると

とんでもない目に遭う。

 

ところが本人はスタートの

そぶりすら見せてない。

競艇だったら払い戻しに

なるけど、こういう場合は

フライングしていいんだよ、と

教えたくなった。

 

彼女は律儀に電車が駅に着くまで

持ち場を離れなかった。

 

まるで、事件現場で待機を命ぜられた

新人巡査のように。

『いいか、新人、俺がいいっつうまで

ここにいろよ。そして何かあったら

すぐに俺に報告しろ、間違うな、

俺に報告すんだ!』

『うっす。』

ってやりとりでもあったのか?

 

見ていてこっちがやきもきするよ。

早くスタートを切ろよ!

 

ぷるるるる

 

地下鉄のドアが開きだした。

ここで降りる人たちは既に

ドアの近くまで移動しているか

最初からドア付近に立ってる人だ。

 

この小さな女性はドアから

最も遠い存在だな。

 

『ドア先輩、卒業おめでとうございます。

先輩は私にとって手の届かない

遠い存在でした。

でも勇気を出して今日は言います。

好きですっ!』

 

届かな~い。

 

すみません、すみません、と

人ごみを掻き分けているが

彼女の声は届いていないようだ。

もしくは届いているが無視しているのか?

 

するとそこに救世主が現れた。

 

卒業式を迎えた先輩だ!

 

彼は大きな声で

 

『降りる方がいま~す!

開けてくださ~い!

まだ乗ってこないでくださ~い!』

 

 

か、かっこいい~!

 

私なら惚れてしまうだろうな。

彼の一声で人ごみに一筋の

灯りが差し込んだ。

モーゼの十戒のようだ。

 

彼女は難なく降りることができた。

だが、小柄な彼女は声の主が

誰か分からず、閉じたドアの

向こうでおろおろとしていた。

 

いや、それにしても

格好良かった。

 

彼は私と同じ大通駅で降りた。

 

背が高く、姿勢も良く

堂々とした雰囲気で

颯爽と歩く彼は、男の

私から見ても格好良かった。

 

思わず見とれている間に

乗り換えの電車が出発してしまった。

 

まあ、いい。

 

今日は気分がいいから

電車の一つくらい飛ばしても

気にしないよ。

遅刻する時間でもないしな。

 

乗り換えのホームには

私と数人しかいなかった。

そりゃ、そうだ。

今出たばっかしだからな。

 

しばらくすると、私の後ろに

二人の女性が立つ気配がした。

会話の声から女性と判断した。

 

『間違って1コ前で

降りちゃった。』

 

振り返ると先ほどの

小柄な女性だった。

 

な、なんてことを・・・・・

 

カレノヤサシサヲカエセ!

 

合掌

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