殺人という罪を犯すと、警察に捕まり司法の判断、つまり裁判で刑が確定する。 たいていの場合、無期懲役がほとんどだ。 死刑になるケースは極めてまれだ。 罪を犯した罪人に改悛が見られるかどうかが争点となり、刑務所での態度などなどで仮釈放になるパターンが多い。
恩赦という制度も在るのだが、近年だと昭和天皇の崩御のときに適用された。 だが、このときに釈放されたのは軽犯罪がほとんどで殺人や強盗などの重犯罪の囚人は釈放されなかった。
この物語のポイントは死刑が確定しそうな囚人が、その事件を起こした時の記憶を失ってるという点だ。 記憶が無いために罪を認められない。 ということは改悛もしようがないし、何より恩赦を受けることが出来ないのだ。だが、この死刑囚がある日、階段を上っていたということを思い出した。 そのことを弁護士に相談したところ、冤罪の可能性があるとして調査を再開することになった。 調査を依頼されたのは松山刑務所で刑務官をしていた男だ。彼は仮釈放で送り出した青年を調査の助手として選ぶ。 仮釈放を受けた青年は、この死刑囚が起こしたとされる事件があった千葉県で、高校生のときに補導されている。 死刑囚が起こした事件は当時の保護監察官夫妻を殺した上に、預金通帳と印鑑を盗んだ強盗札事件で起訴されていた。凶器は見つかったが盗まれた通帳は見つかってない。
彼はある飲食店で『何、見てんだ!』とからんできた男ともみ合いの末、相手の男を殺してしまった罪で収監されていた。 業務上過失致死だ。 殺意が無かったことを認められ無期懲役の判決を受けたが情状を酌まれ、2年で仮釈放された。
釈放され迎えに来た父親と実家に帰ると、そこに待っていたのは相手方への賠償金を支払うために出来た借金の支払いで四苦八苦する両親の姿だった。 そこへ調査の仕事を打診され、しかもその報酬が1000万円だということで、青年はその仕事を請けた。 両親を少しでも楽させたいとの気持ちからだった。
調査の過程で死刑囚の冤罪を確信した二人は証拠集めに奮闘する。
やがてみつかる証拠からは青年の指紋が検出された。 誰かが仕組んだ罠なのか?
事件は意外な展開を迎える。 息子を青年に殺された父親、盗まれた預金通帳はどこへ?死刑囚は本当に無実なのか?
クライマックスを迎えた物語終盤は様々な人間関係が錯綜し、複雑に絡み合った紐がゆっくりと解けて行く感覚でラストを迎える。
本作の筆者である高野和明はこれがデビュー作だ。 江戸川乱歩賞を受賞した。 選考委員の1人であった宮部みゆきは、選考前からこの作品が受賞するのが決まっていたような雰囲気が選考会場にあったと、あとで述懐している。 それくらい素晴らしい作品だったということだ。
後に反町隆が主演で映画化されたこの作品は、ミステリー好きにはたまらない1作だろう。
暑い夏に外に出たくない人たちは、エアコンの効いた冷えた部屋でゆっくりとこの本を読んでみるといいだろう。