333発目 行きつけの店の話。


ショパン

そのバーは知人に連れて行って

もらった店だった。

 

一人でも入りやすく

落ち着いた雰囲気の店で

私がそこを訪れたのは

今日で3回目だった。

 

物静かなバーテンは私に

ラム酒を差し出しながら

こう言った。

 

『何かリクエストをしませんか?』

 

店内では古いアメリカンミュージック

が流れている。

1920年代から1970年代までの

アメリカンポップスはほとんど

あるという。

 

私は考えてこう言った。

 

『smoke gets in your eyesを。』

 

プラターズの名曲だ。

 

カウンターに座るのは私と

私の反対の端に女性が一人。

テーブルには団体5人が。

 

私のリクエストした曲に

あわせて体を揺らしている。

 

綺麗な女性だな。

 

これはひょっとしてあれかな?

 

バーならではのあれを

やるべきなのか?

 

例の『あちらのお客様からです』を。

 

どうしようどうしようと思案していると

バーテンが私にグラスを持ってきて

『あちらのお客様からです。』と

カウンターに座る女性を指した。

 

まじ?

 

先にやられた!

 

って事はナンパか?

 

照れるなぁ。

 

私はもう一度バーテンを呼ぶと

こう尋ねた。

 

『あれかな?彼女は待ち合わせとか

じゃなくて、俺と一緒に飲もうって

事なのかな?』

 

バーテンはあははと笑ってこう言った。

 

『ヤマシタさん、そうじゃなくて

ウチの店はリクエスト曲が気に入ったら

その人に1杯奢るという暗黙の

ルールがあるんですよ。』

 

なんだ、そうゆうことか。

 

私はガッカリしたついでに

トイレに立った。

 

トイレから戻るとグラスが

6杯置いてありバーテンが

近づいてきた。

 

 

『これ、全てあちらのテーブルの

方々からです。』

 

どうやら店内にいた全てのお客が

私のリクエストを気に入ったようだ。

 

なんだか複雑な気持ちだった。

 

意を決してカウンターの女性に

近づき私は声をかけた。

 

『ご一緒していいですか?』

 

彼女はそっと首を横に振り

バーテンを呼んだ。

 

小さな紙片にリクエスト曲を

書いたものを渡していた。

私のほうを見もしない。

 

やがて彼女のリクエスト曲が

流れ出した。

 

ショパンの『別れの曲』だった。

 

ガッカリ2カイ

 

合掌

 

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