285発目 口の悪い男の話。4


慌てる乞食は貰いが少ない

慌てる乞食は貰いが少ない?

 

めったに怒らないおばあちゃん先生が

いた。はっきり年齢を聞いたことは無いが

40代じゃねえかって仲間内では

噂してた。

 

カンは(223発目 参照)口が悪いだけじゃなく

意地も汚く、何かと言うと金をせびる。

そうゆうヤツだった。

本当なら誰からも嫌われるはずが

不思議と皆から好かれていたし

先生からも可愛がられていた。

 

おばちゃん先生もその一人で

いつもニコニコしながら

『カンは本当に分からんチン(*注1)やねぇ』

と笑っていた。

度の強い分厚いレンズの奥の優しい目は

勉強が苦手な僕らに英語の楽しさを

教えてくれた。

他の授業はサボるカンもおばちゃん先生の

英語の授業だけは毎回出席し、

『イエス、イティーズ』

とか、発音までやっていた。

 

ある日、宿題のノートを集めるときに

カンが気を利かせておばちゃん先生に

『重いだろうから職員室まで

持っていってやるよ。』

と提案した。

 

先生はうれしそうに

『私は男性にこんなに優しくされたのは

生まれて初めてだよ。』

と頬を赤らめた。

カンは照れくさそうに

『旦那がおろうが!』

とぶっきらぼうに言ったが

『私、独身よ』

というおばちゃんの言葉に

それ以上の言葉を失った。

 

それは僕らにとっては衝撃の

告白だったし、中学生の僕らからしたら

それくらいの年齢の人は例外なく

結婚していると勝手に思い込んでいた。

 

職員室までノートを運び、おばちゃんから

改めてお褒めの言葉を戴いた。

 

『あんた達は本当に優しいね。

カン、あんたも本当は優しい子やろ?

先生は知っちょうよ。』

カンは照れを隠すようにわざと

でも、本気でぶっきらぼうにこう言った。

 

『うるせえっちゃ、ババア。

運び賃100円くれ!』

 

おばちゃん先生は尚も穏やかに

メガネの奥のあの優しい目で

『慌てんでもご褒美はやるよ。

慌てる乞食は貰いが少ないっち

言うやろがね。』

と、引き出しから何かを出そうとした。

 

『何か?それことわざか?

慌てるババアは貰い手が少ないの

間違いやろうが!』

 

その瞬間、メガネの奥の優しい目は

どこかに行ってしまい、代わりに

三角の鋭い目が現れて

 

『なんちや!キサン。

もっぺん言ってみい!』

 

と見たことも無い怒りを吐き出しだした。

 

期待していたご褒美は

もらえないままだった。

 

おばちゃん先生、元気かな?

 

クチハ、ワザワイノモト

 

合掌

 

(注1)聞き分けの悪い子だね、の意。

 

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