188発目 おお、同志よ!の話。


ライナーノーツ

そうか、もうそんな時期か。

新千歳空港は修学旅行生で
ごった返していた。

福岡へ向かう飛行機を待つ私は
出発ゲートの脇のベンチに座って
目の前に広がる雪景色を見るとは
なしに見つめていた。

目の前のガラスは床から天井までの
大解放で空港中が見渡せそうだ。

出発時間までまだかなりあるせいか
ベンチに座っている人の数もまばらだ。

一人の女性が私の前を横切ったかと
思うと右前方で立ち止まりクルリと
振り返った。
つまり私の左側を見た。

左側から修学旅行生と思しき
高校生たちがゾロゾロと歩いてくる。

『乳首、並んで』

私は耳を疑ったが、その女性は
確かにそう言った。
年の頃は二十四か二十五くらいだろう。
化粧っ気はなく、髪の毛もパサパサだ。
おそらく彼女にそのことを指摘したら
『私の辞書にはキューティクルという
言葉はない!』
と言いそうなくらい勝気な性格が
顔に出ている。

私の隣に座るサラリーマンは
何も聞こえなかったのか本を読んでいる。

聞き間違えだな。

そう思った刹那。

『乳首こっちむいて』

はっきりとそう聞こえた。

私以外にも数人のサラリーマンが
手を止めて彼女を見ている。

私は驚いた表情の男性と目があった。

彼は無言だったが、明らかに私に向かって
『今の、聞きました?』と言いたげだ。
私がコクリとうなずいたら彼は
少し微笑んで首を左右に振った。
『いや、そんなはずはありません』
と言いたいのか。

そりゃそうだ。
白昼堂々と二十代の女性が
公衆の面前で『乳首』を連呼
するなんて。

JALの職員が優先搭乗の案内を
している。
混雑を防ぐために先に修学旅行生を
搭乗させます。ご理解下さい。と。
先ほどの乳首の女性が学生たちを
引率していく。そこでやっと
我々は、ああぁ、教師だったのかと
納得する。
が、乳首の謎は謎のままだ。

私の前を高校生たちが通り過ぎる。
男子生徒の一人が私の前を
通り過ぎるときにこう言った。

『アゲオ先生ってさ1組って言う時
乳首って言ってるように
聞こえるんだよね』

オレモオレモ

合掌

?

 

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