176発目 暑い日の話


ライナーノーツ

日本の古くからの伝統を
守り続ける儀式というと
たくさんあるが、その中でも
仕事柄、しょっちゅう参加する儀式で
地鎮祭というものがある。

建物を建てる際、工事の安全と
建物の無事の完成を祈願する
儀式だ。

大地主と書いて
”おおとこぬし”と読む
それぞれの土地の
神様にお願いする儀式だ。

ある夏の暑い日に
その事件は起こった。

かなりのご高齢の神官さんが
その儀式を取り仕切っていた。

玉串奉奠というところで
参列者はそれぞれ榊を祭壇に
まつる。
厳かな雰囲気をだすため
通常はテープで音楽を流す。

そのときの神官さんは
その音楽を、持参した横笛で
見事に奏でた。
いや、奏でようとした。

厳かな雰囲気は見事に
最高潮を迎えた。

玉串奉奠も最後の一人が
祭壇に向かったそのとき
息が続かなくなった神官さんの
笛の音が

フェフェフェと力を失ってきた。

暑かったからだろう。

笛を持ったままその場に倒れた。

慌てた参列者やお施主様が
介抱を始め、なんとかその場は
治まったかに見えた。

何事もなかったかのように
式は無事最終の局面を迎えた。

最後のお神酒を頂く際に
神官さんの御発声により
乾杯をするのだが
このときの挨拶が
彼にトドメを刺した。

『工事の無事の完成と
本日ご列席の皆様の
益々のご健勝をご祈念
申し上げまして
・・・ぜいぜい・・・
声・・・ぜいぜい・・
高らかに・・・・ぜいぜい
ご唱和・・ぜいぜい・・・
く・・だ・・さい・・』

声高らかにどころか
消え入るような声で
『か・・ん・・ぱ・・い』

力尽きた。

なんとも後味の悪い
地鎮祭となった。

カエッテネロヨ

合掌

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