それは今から20年以上前の事でした。 埼玉県と東京都の県境から少しだけ東京都に入った所に、古い住宅がありました。 そこには夫婦とそして長女が同居していました。長女は私より少し年上で、当時は中学校で国語の教師をやっていました。
私が彼らと知り合ったのは、とある住宅展示場でした。 決して、彼らの自宅からは近くない場所にあった展示場に、当時の私は勤務していました。
ですから、来店されたときにいただくアンケート用紙みたいなものに書かれた住所をみて驚いたのを今でもはっきりと覚えています。
私がズケズケと物を言う性格はその頃から変わってなく、まるでそうするのが当然だと言わんばかりに彼らに質問しました。
「どうして、こんなご自宅から遠い住宅展示場にお越しになったんですか?」
するとお父さんが代表して答えました。
「川越の親戚の家に寄った帰り道なんだよ。特に意味はねえやな。」
少し、べらんめい口調のお父さんは大変親しみやすく、私も少し図に乗って踏み込んだ話を聞いてみようと思いました。
「ご自宅の建て替えなんかのご予定はないとですか?」
するとお父さんが後ろにいる娘さんを指さして
「こいつがなかなか嫁に行かねぇもんだからよ、家どころじゃねえんだよ、実際。」
娘さんは少しも悪びれた様子も見せず、こう続けました。
「でもさ、来年からはおじいちゃんとおばあちゃんを引き取るんでしょ?だったらさ、建て替えたら?私は一人暮らしするからさ。」
「ああ、そうだな。それも悪くねえわな。」
するとそれまで黙っていたお母さんが、口を開きました。 私は、そのお母さんがずっと黙ったまま口を利かないので、人形かと思ったくらいです。ええ、それは言い過ぎですね。とにかくその黙ったままのお母さんがようやく口を開きました。
「風呂と台所は別にして欲しいわ。」
「おい、兄ちゃん、そういうのはよ、タダでやってくれんのか?」
住宅展示場にフラッと来店して、その日のうちにプランを描いてほしいと依頼されるのは非常に珍しいことなので、私は喜びが顔に出るのを必死で押さえました。
「ええ、プランは無料で作成いたします。どのような間取りをご希望されているかをお尋ねする前に、敷地調査というのを行います。法令の制限等があるもんですから。」
「その調査っていうのも・・・」
「もちろん無料です。」
「じゃあ、あなた、やっていただこうかしら?」
「ああ、そうだな。兄ちゃん、どしたらいい?」
「いずれにしても今日は役所がお休みなので調査は月曜日から開始します。どれくらいの規模の建物が建つのかを把握した段階で、みなさまの間取りの希望をお尋ねしようと思いますので、来週の火曜日の夕方などはいかがでしょうか?ご自宅にお伺いしますよ。」
お父さんは、にやりと笑って
「それも、もちろん?」
「はい。無料で。」
「気に入った!よし、じゃあいっちょ頼むわ。」
こうして私はそのお宅の建て替えプランを提案することになったのです。 玄関までお見送りをしていると、お父さんが私に言いました。
「兄ちゃん、こっちのモンじゃねえだろ?どこの出身だい?」
私はドキリとしました。 このやり取りで方言が出ていたのだろうか? かなり気を付けて喋ったつもりだったが・・・
「はい。小倉って街の生まれです。福岡県です。」
「なんで分かったんだろ?ってツラしてんな?さっきよ、『ないとですか?』って聞いたろ?ありゃ方言だろ?」
なるほど、気をつけていたつもりでも方言は出るのだな、と少し反省しました。
彼らとは、二日後の月曜日にお会いすることでその場は別れました。
ツヅク
合掌