641発目 クリスマスプレゼントの話。


サウナで隣に座ったおじさんが話しかけてきた。

 

「ダイエットですか?」

 

突然だったので、自分に話しかけてるとは思わなかったが見回すと客は私とそのおじさんの二人きりだった。

 

「ああ、いえ、まあ。」

 

と曖昧に答える。

 

「いやあ、私も連日の忘年会で体重が10キロも増えましてね。」

 

と、そのおじさんはたるんだお腹の贅肉をタプンタプンと両手で揺らした。

 

「サウナだけじゃ10キロも落とせないでしょ?」

 

「そうなんですけど、せめて気持ちだけでも。2キロも減れば御の字ってやつですよ。」

 

「ですね。2キロは落としたいですね。入る前に体重は計りましたか?」

 

私はそれとなく聞いてみた。 と言うのも、私はここの脱衣所の体重計ではなく自宅の体重計で計ってきていたからだ。76キロだったから本当は1キロも落とせば満足だったのに、なぜか話をあわせてしまった。

 

「いえ。家を出るときに自宅で計って来たんです。で、女房と賭けてて、2キロ落ちたらクリスマスプレゼントをもらえるんですよ。」

 

おじさんは少年のような笑顔で答えてくれた。 なんかいいな、と思った。

 

サンタクロースを信じなくなってからはクリスマスプレゼントは貰ってない。 もちろん、その時の恋人や、奥さんからクリスマスプレゼントという名目の物をもらうことはあった。 だが、私の考えるクリスマスプレゼントは 「いい子にしていたら12月25日にもらえる物」 なのだ。

 

このおじさんはまさに 「いい子にして(痩せた)らもらえる物」 だから、ちょっと羨ましかった。

 

「それは頑張らなきゃいけませんねぇ。」

 

「そう。 最初の目標の10分まであと1分です。 何グラム減ってるか楽しみです。」

 

「お互い頑張りましょう。」

 

そう言ったきり、お互い無言になった。 他の客が入ってくる気配は無い。 おじさんより後に入ってきた私はあと3分ほど入っていようと思ってた。

 

1分が経過し、おじさんが立ち上がった。

 

「水浴びて体重量ったら、また来ますよ。」

 

「ではまた後で。」

 

そう言っておじさんは出て行った。 変わりに3人ほどが入って来る。 重いドアがバタンと閉じられた。

 

減ってるといいね、おじさん。 サンタさんを信じてね。

 

心の中でエールを送った。

 

3分が経過したがおじさんは戻ってこなかった。 私は立ち上がり水風呂へ向かう。 火照った身体を冷水で沈めるこの瞬間が大好きだ。 肩まで浸かり両手ですくった水を頭から浴びる。 頭のてっぺんから湯気だ出るようだ。

 

水風呂を出て身体を丁寧にタオルで拭き上げる。 そうしてもう一度サウナ室に入った。 先ほどおじさんと入れ替わりに入ってきた3人がちょうど出てくるところだった。 サウナ室には私一人だけとなった。

 

うつむいて色々なことを考える。 サウナ室で聞こえる音はモーターのようなゴウンゴウンという音だけだ。 私は集中して色々なことに考えをめぐらせた。

 

10分経過したがおじさんが戻ってくる気配は無かった。 きっと目標の2キロ減に達していたのだろう、と思った。 だが、待てよ? サウナにどれくらい入ってたら2キロも減るのか? そもそも2キロ減らす前にぶっ倒れるんじゃないのか?

 

そう考えると、いても立ってもいられなくなった。 あのおじさん、脱衣所で倒れてるんじゃないか?という考えに至ったからだ。

 

私は急いで身体を拭くと、脱衣所へ向かった。 もしおじさんが倒れてたら係りの人を呼んで、119番してもらわなきゃ。 とんだクリスマスだぞ、こりゃ。

 

脱衣所をでて、体重計が置いている場所を探した。 おじさんはそこに立っていた。 すっぱだかで大事なところを隠そうともせずに、仁王立ちになっている。

 

私は近づいていっておじさんに話しかけた。

 

「どうしたんですか?」

 

「ああ、先ほどの・・いやあ、実はですね。」

 

おじさんは興奮していた。 顔が上気してたのはサウナの熱気のせいでは、なさそうだ。

 

「さっき上がってから計ったら、4キロも増えてるんですよ。おかしいでしょ? だから係りの人を呼んで壊れてるって教えてやったら、壊れてないって言い張るんですよ。」

 

体重計の裏を点検していたと思しき店員が、おかしいなぁ、と首を傾げている。

 

「別に問題はないんですよねぇ。」

 

と困った様子だ。

 

「いやあ、私はおじさんが戻ってこないから倒れてるんじゃないかと思って、ヒヤヒヤしたんですよ。」

 

「いや、それはすみませんでした。ご心配かけました。」

 

「もしかしておじさんの家の体重計が壊れてたんじゃないですか?」

 

店員は私の方を見て、「オレが言いたかったことを良くぞ言ってくれた!」という顔をした。

 

「ああ、その可能性はありますねぇ。ちょっと電話してきます。」

 

私はおじさんの無事が確認できたのでもう一度サウナに戻った。 しばらくするとおじさんが戻ってきて私の隣に腰掛けた。

 

「先ほどはすみませんでした。 女房を問い詰めたらどうやらウチの体重計が間違ってたみたいです。 気分だけでも減らそうと思って4キロも目盛りを下げてたらしいんですよ。 女房は洋服を着たまま計るから4キロ減らしてたんだって言い張るんですけど、洋服だけで4キロもありゃしませんよね。ははは。」

 

なんとも人騒がせな奥さんですね、とは言わなかった。

 

「さっきは何分くらい入ってたんですか?」

 

「15分を2セットですよ。さ、次は頑張りますよ~」

 

おじさん、つまりだよ、あんたの自宅の体重計がそもそも4キロ減らしてて、ここの体重計に乗ったら4キロ増えたってことはさ、15分を2セットもしたのに1グラムも減らなかったってことだよ。

 

おじさんの意気揚々とした顔を見ると、そんな事実は告げられなかった。

 

というよりも、ここのサウナってそんなに効果がないのか?と不安になったぐらいだ。

 

「では、お先に。がんばって」

 

私はそう言ってサウナ室を後にした。

 

きっと何分入っても痩せない人なんだろうな。

 

サンタさん。どうかあの人の体重を持って行ってやっておくれ。

 

メリークリスマス

 

合掌

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