618発目 特徴の話。


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この物語はフィクションであり登場する人物や施設は筆者の空想であるとか、ないとか。

 

 

私の上司が部下の付き添いで、とあるパーティーへ出かけた。

 

懇親会と称したそのパーティーはランドマークタワーの中にあるレストランを貸し切って行われたそうだ。

 

主催者側の企業の従業員が全ての企画をし、料理以外のもてなしは社員自ら行い、取引先に日ごろの感謝の意を表そうという趣旨だったらしい。

 

ブッフェスタイルの立食パーティーは限られたスペースに大人数を押し込むのにちょうど良い。

 

一通りの挨拶を終えると会場は歓談の時間になった。

 

会場の中を忙しく歩き回っているのは会場側の用意したスタッフではなく、企業の若手社員だった。

ある若手の女性社員は、話に夢中になっているオッサンたちに中央のテーブルから適当に見繕った料理を、これまた適当に皿に盛り 「お料理どうぞ」 と持って行く仕事を任命されていた。何しろ会場側のスタッフはそこまでやってくれないからだ。

会場側のスタッフの仕事は出来上がった料理を中央のテーブルに持っていくだけだし、空いた皿を洗い場へ運び、洗って拭いたら再度会場へ持って行くという、未経験のアルバイトでも出来る簡単な仕事しかしない。

 

主催した企業の社員が来賓をもてなす、というのが最大の報謝だと考えていたのだろう。

 

その、とある若手の女性社員が私の上司が立つテーブルへ何がしかの料理を皿に盛って運んできた。

 

彼女の緊張はきっとマックスだったのだろう。 テーブルにそっと置こうとしたときに手が滑って料理をこぼしてしまったらしい。

 

私の上司は優しい。 身内の贔屓目を差し引いても優しい人物だ。 だから彼は当然の様に、散らばった食べ物をとっさに手で拾い上げ、運んできた彼女に対して 「大丈夫ですか?」 と言うだけの余裕すら見せ付けた。

 

これを紳士と呼ばずしてなんと呼ぶ?

 

そんな優しさに触れた彼女は、刹那、ポヤっとしてしまったが、すぐに自分の職務を思い出し取り繕った。

 

「申し訳ございません。 手が汚れてしまいましたね。 すぐにお手拭をお持ちします。」

 

彼女は私の上司の返事も待たずにそそくさとその場を立ち去った。

 

料理の油かソースだかで両手をベトベトに汚してしまった彼は、そのままの姿勢で彼女と彼女が持って来るであろうお手拭を待った。 なぜなら彼は優しいからだ。 ここで彼が自分の鞄からティッシュを出して手を綺麗に拭いてしまったら、せっかくお手拭を持って来てくれる彼女に対して悪い、という心理が働いたのだ。 なぜなら彼は優しい、人一倍優しい。 あまり繰り返すと嘘っぽくなるが本当に彼は優しさの塊なのだ。

 

しばらくしてお手拭を両手に持った彼女がキョロキョロしながら戻ってきた。

 

「あ~来た来た。」

 

彼の安堵もつかの間。 彼女は別のテーブルに行ってしまった。

 

そして違うテーブルに立っていたオッサンにそのお手拭を渡してしまった。

 

一方、渡されたほうのオッサンは不思議そうな顔をしてお手拭を受け取っていた。 きっと心の中で 「私にだけお手拭を持って来てくれるなんて、まだまだ私も捨てたモンじゃないな。」 と自意識をこれ以上ないくらい高めたことだろう。

 

彼女は緊張していたため、手を汚した私の上司の顔を凝視することすら出来ずに、『なんとなくあのへんのテーブル』 という曖昧な位置情報と、見た目の特徴で探し当てようとしたのだと思われる。

 

見た目の特徴が何だったか?

 

間違われたオッサンと私の上司との共通点を考えれば分かる。

 

二人とも見事なツルっぱげだったのだ。

 

そっちのハゲじゃないよ~! 私の上司の声は彼女には届かなかった。

 

もし、もしもだ。

 

その会場にいた数百人のオッサンが全員ツルっぱげだったら、彼女はどうしていたのだろう?

 

 

 

で、結局その汚れた手はどうしたのかって?

 

私もその結末は聞いてないが、おおよその想像はつく。

 

おそらく彼はその汚れた手をテーブルクロスで拭いたに違いない。

 

なぜなら彼は優しいからだ。

 

カンケイナイジャン!

 

合掌

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