617発目 台風が来た話。


ライナーノーツ

小学生の頃は台風が来ると集団下校と言って、帰る方面別に集められ、みんなで仲良く家まで帰るということが行われていた。

この集団下校は当時の小学生にとっては一種のイベントで、台風が来ると大人たちの心配をよそに非常に楽しみにしていた。

普段、朝はテレビをつけない我が家も台風が近づいてくると朝食の時間でもテレビをつけっぱなしにしてくれるというのも、楽しみの一つだった。

 

とはいえ、ボクの家は小学校から歩いて3分くらいのところだったので、集団だろうが独りぼっちだろうが大差はないのだが、それでも楽しみにしていた。

 

その夏は9月になっても台風がこぞって日本に上陸した年で、昼休みには校内放送で集団下校が告知された。

 

ボクの町内は子供の数が多かったので図書室に集められた。 そこから全員が集まるまでの間、図書室でいつもとは違うメンバーでキャッキャ言いながら待つのだが、その時間が楽しくてしょうがなかった。

 

ボクは同じクラスのニオカ君(仮名)と図書室に向かった。 ニオカ君(仮名)は勉強が出来る子で、休み時間も本を読んでいるような子だった。 同じ町内であるにもかかわらず彼の母親は「ヤマシタ君と遊んではだめ」と言っていたらしく、それに腹を立てた母親は「こっちこそ願い下げだ!」と牙をむいていたが、子供同士にはそんな感覚はなく、ボクとニオカ君(仮名)は割りと仲が良かった。

 

図書室にはボクとニオカ君(仮名)が一番乗りだった。 ニオカ君(仮名)は早速、書架のほうへ行き本を物色していた。 しばらくしてニオカ君(仮名)がボクを呼ぶので近づいてみると、一冊の本をボクに差し出した。

 

「これはね、一眼レフカメラで写真を上手に撮影する方法が書いてあるんだ。」

 

そう言ってニオカ君(仮名)が差し出した本のタイトルは忘れてしまったが、少なくとも一眼レフカメラという単語を生まれて初めて耳にしたときだったと記憶している。

 

「綺麗に撮ってどうするん?」

 

素朴な疑問を投げかけたボクを、別の星の生物でも見るような目でニオカ君(仮名)は言った。

 

「芸術だよ。 なんだって綺麗な方がいいに決まってる。」

 

ボクにはその真意は良く分からなかったが、とりあえず分からないなりに理解しようと本をパラパラとめくってみた。

 

最初にボクの目に飛び込んできたのは女の人のヌードだった。 ボクは息を飲んだ。

 

『エロ本やん! こんなんが学校にあったんや・・・』

 

ニオカ君(仮名)はヌードページを凝視するボクを更に蔑むようにこう言った。

 

「それも芸術だよ。」

 

芸術云々はどうでも良かった。 ボクの独占欲がふつふつと沸いてきた瞬間だった。

 

「ニオカ君(仮名)はこれを借りると?」

 

「ううん。ヤマシタ君が読みたいなら譲るよ。」

 

「あ、じゃあ俺が借りるわ。」

 

そう言ってボクは受付のほうへその本を持っていった。 ところが先生は 「今日は台風だから貸し出ししません」と断られた。

 

そうこうしていると、子供達が集まってきて一斉に下校させられた。

 

台風は九州上空で停滞し、強風や暴風雨は3日続いた。

 

いつもなら楽しいはずの台風の到来もこのときばかりは恨んだ。

 

台風が東シナ海を抜け日本海を北上しだした頃には、福岡県は夏が戻ってきたように朝から晴天だった。 ボクは授業が終わると一目散に図書室に向かった。

 

確か、このへんだったなぁ、と記憶を頼りにエロ本 いや、カメラテクの本だった、を探した。 だが、いくら探してもお目当ての本は見つからなかった。 仕方なく、先生に聞いてみた。

 

「ああ、その本なら一昨日の放課後にニオカ君(仮名)が借りて行って、雨で濡れてしまったみたいなの。 だから廃棄処分したわ。」

 

「ハイキショブンって何?」

 

「捨てたの。 もうべちょべちょで読める状態じゃなかったから。」

 

ボクは膝から崩れ落ちた。そして先生に反論した。

 

「台風の間は貸し出しせんっち言ったやん!」

 

「違うわよ。集団下校のときは貸し出し中止にしたのよ。昨日と一昨日は集団下校じゃなかったでしょ?」

 

確かにそうだ。 ちくしょう! ニオカ(仮名)め!

 

ボクは家に帰って母親にこう告げた。

 

「俺、もうニオカ(仮名)とは遊ばんことにするわ。」

 

それ以来、ニオカ君(仮名)とは口を利いてない。

 

台風が近づくといつも思い出す。

 

ニオカクン(カメイ)ゲンキカナァ

 

合掌

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