615発目 「ひょん」の話。


ライナーノーツ

「ひょんなこと」の「ひょん」ってなあに?

 

少3の息子が私にそんな難題を吹っかけてきた。

 

「ちょっと長くなるけどいいか?」

 

息子は私の長くてクドクドした話が好きな、世界で二人しかいないうちの一人だ。 モチロン、あとの一人は娘なのだが。

 

「うん、いいよ」

 

目を輝かせて私の話に聞き入ろうとする姿は私にとっての幸せそのものと言える。

 

いいか?一般的に想像力を司るのは右脳だと言われている。右脳と言うのは脳みその右側のことだ。分かるな?

 

「うん。こっちがわやね?」

 

そうだ。人間は想像力を駆使して様々なものを覚えようとする。 例えば覚えにくいものを想像力のヒントによって覚えやすくするという方法だ。

 

「う~ん、例えば?」

 

例えばこんなとき。

 

マンションのメンテナンス用の鍵を現地に設置する際に、外部の人にその鍵を使われないように専用の箱に入れて設置する。 当然、その箱には暗証番号が設定でき、その暗証番号を知っている人しか箱を開けられないようになっている。 お父さんは、とあるマンションにその箱を設置した際に3桁の暗証番号を設定した。「356」だ。

この番号は忘れてはいけない。だって忘れるともう二度とその箱を開けられなくなるだろ?だから、忘れないようにさっき言った想像力ヒントで覚えることにしたんだ。

「356」だから「みごろ」 って風にな。 でも心配性のお父さんはそれでも忘れちゃったらマズイと思って更に想像力ヒントを加えたんだ。

 

「なんてしたと?」

 

見ごろ食べごろ笑いごろっていう昔のテレビ番組があった。それに出ていた小松政男のギャグでこんなのがあったんだ。

 

「にんとすはっかっか、ひじりきほっきょっきょ。」

 

「じゃあ、お父さんは356っていう簡単な数字を覚えるために、その変な呪文みたいなヤツを覚えようとしたと?」

 

正確には覚えようと、ではなく覚えてたんだ。 にんとすはっかっか、ひじりきほっきょっきょ、は小学生の頃に何万回と口にしているからな。

 

ところが、事件が起きたんだ。

 

「なになに?」

 

あるヤツが電話してきてお父さんに、こう尋ねた。

 

「ヤマシタさん、あそこのキーボックスって何番に設定しました?」

 

「ああ、あれだ。 なんだっけな? にんとすはっかっか、ひじりきほっきょっきょ、だよ。」

 

「え? 何すか?それ? ちょっと急いでるんで番号教えてくださいよ!」

 

こともあろうに、お父さんは呪文だけ覚えて番号を忘れちゃったんだよ。

 

「意味ないじゃん。」

 

そう。 だけど一生懸命思い出そうとした。 え~っと、にんとすはっかっか、ひじりきほっきょっきょ、は?

 

「ヤマシタさんそれ、小松政男ですよね?」

 

そうそう!だからえ~っと。何だっけ? 電線マン? 伊東四郎? そこから想像する番号ってなんだろ?

 

「ちょっとヤマシタさん、急いでるんですよ。」

 

「だからぁ、そこから想像してみろよ! ジョンレノンだって言ってただろ? 想像してごらんって。」

 

「何で逆ギレしてんすか! 何のこと言ってるかまるっきり分かりませんよ!」

 

「見ごろ食べごろ笑いごろでやってただろ! あ!」

 

「どうしました?」

 

「みごろ、356だ。」

 

と言うわけで見事に解決したんだ。

 

「お父さん、そろそろ最初の質問に話を戻してくれる?」

 

まあ、あせるな。本題はここからだ。 今日お父さんは東横線っていう電車に乗ってあるところに行ったんだ。 で、ちょっと覚えにくい駅名だったから想像力ヒント方式で覚えたんだ。 で、またやっちまったんだよ。 本当の答えが分かんなくなちゃったんだ。

 

「また、意味ないね。」

 

そう、でも意味はあるんだよ。たまたまだ。

 

「なんて駅? もう思い出した?」

 

実はな、取引先の人と会ったときに、こう聞かれたんだ。

 

「いやあ、さっき大雨が降りましたねぇ。このあたりは昼間なのに真っ暗になっちゃって。あれ?ヤマシタさん、濡れてませんね。」

 

「ああ、私はさっきまで、あそこにいたんですよ。え~っと、ま、とにかくそこは降りませんでしたよ。」

 

「え?どこですか?」

 

「え~っとなんですかね? オロナミンCって覚えちゃったんですけど、本当の名前を忘れちゃいました。」

 

「ははは。オロナミンCですか。どこでしょうね?あ、そうだちょうどオロナミンCがありますよ。」

 

そう言って、その人は奥の冷蔵庫からオロナミンCを出してくれたんだ。

そしたら、そのビンのラベルにこう書いてあった。

 

『元気ハツラツ!!! オロナミンCドリンク』

 

そこでお父さんは思い出したんだ。

 

「ハツラツです!ハツラツですよ。」

 

「どうしたんですか?ヤマシタさん、急に。」

 

「いや、さっきまでいた東横線の駅ですよ!」

 

「それ、白楽じゃないですか?」

 

「あ~それそれ!白楽です!」

 

ってな訳で、お父さんは無事に白楽駅の名前を思い出したんだ。

 

以上が「ひょん」だ。分かったか?

 

 

「お父さん。長くて面白かったけどちっとも分からんやったよ。グーグルで調べてよ。」

 

ソリャソウカ

 

合掌

 

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