574発目 眠る男の話。


ライナーノーツ

毎日が緊張の連続で、帰宅すると疲労ですぐに寝てしまう。 ところが若いときみたいに何時間も寝れるものでもなく、何時に寝ても大体6時間くらいで目が覚めてしまうこともしばしば。

つい子供たちに寄り添って9時くらいに寝てしまうと夜中の3時に目が覚めてしまう。だから、眠くても11時くらいまでは起きておくように我慢している。 それでも日によっては5時ごろに目が覚めてしまう。 で、そうゆう時に限ってうっかり二度寝をしてしまうのだが、またすぐに目が覚めるから寝坊して遅刻なんていう悲劇は起きずに済んでいる。

 

ただ、二度寝をしてしまった日は日中に猛烈な睡魔に襲われることが判明した。 幸い、今までの地方勤務と違って外回りの仕事はほとんどの移動を電車で行うため、移動の時間を使って仮眠を取ることが出来る。

 

じゃあ、地方勤務のときはどうしてたんだ?と疑問を持つ方もいるだろう。 大体は部下の運転する車に同乗し、助手席でグッスリ休息を取っていたから、それはそれで問題はなかった。

 

もう数年前のことではあるが、その日もやはり部下の運転する車で佐賀県に向かっていた。目当ての場所はJR佐賀駅の近くだった。博多からだと国道3号線を南下し大宰府インターから高速道路に乗って佐賀大和インターを目指し、あとは国道263号線を南下すればいい。

 

部下に、その道順を説明した。 分かってるだろうな?と念押しもした。

 

「下道で行ってもいいですか?」

 

案に相違して彼は私の提案に異を唱えた。 まあ、経費節減のために高速を通らないというのも一理あるな、と勝手に解釈し、私は彼に任せた。

 

「実は内野で用事があるんです。寄ってもいいですか?」

 

なるほど、そういうことなら尚更下道のほうが良いではないか。 内野と言う場所は国道263号線沿いにある。そこからまっすぐ南に向かい三瀬という峠を越えればそこは佐賀県だ。 なるほど高速で行くのと所要時間は変わらないくらいかもね。 私は首肯した。

 

彼の運転に身を任せて私は助手席で居眠りをした。 目が覚めたときには既に車は三瀬峠に差し掛かったところだった。

 

「内野の用事は済んだんか?」

 

「え?」

 

じゅる。

 

こいつ、寝てた?

 

「いや、内野の用事は?ってゆうかお前、今、寝とったろ?」

 

「いや、寝てたというか、すみません、わかりません。」

 

「わかりませんって何?意識が無かったんか?」

 

峠道は対向車も無く、曲がりくねっている。万が一居眠り運転してハンドル操作を誤ると谷底へ真っ逆さまだ。

 

「いや、その、つまり・・・」

 

彼はハッキリしない言葉をつぶやく。 とそのとき彼の頭がガクンと垂れイビキを掻きだした。私は慌ててサイドブレーキを引き、彼の頬に拳を叩き込んだ。

 

「痛ってえ!」

 

彼は慌てて車を道路の脇に寄せる。

 

「大丈夫かお前?今、急に寝たぞ。」

 

「マジっすか?全然分かりませんでした。 あ、ただ死んだばあちゃんの姿が見えた気がして・・」

 

「お前、それ完全に三途の川まで行っとるやないか!死ぬぞ、死ぬトコやったんぞ!運転代われ!」

 

私は彼を助手席に乗せ運転を交代した。目的地に着きお客さんの事務所で契約書に捺印してもらった後、雑談の中でその話になった。

 

「いや、来る途中にですね、彼が運転しながら急にガクンって寝だしてからですね、たまがったとですよ。」

 

「いや、私は全然覚えてなくて。でも死んだばあちゃんには会えました。」

 

お客さんは驚いた表情のまま、それは病気だということをアドバイスしてくれた。

 

「いや、私の会社にも同じ症状の人がいましてね。医者に見せたらそれは居眠り病って言うらしいんですよ。一時期、会社でも話題になって私も調べてみたんです。」

 

説明を聞くと過眠症の一種らしい。どのような状況でも、つまりありとあらゆるタイミングで寝てしまうそうだ。

 

「ナルコレプシーって言うそうですよ。」

 

帰りの車の中、彼は妙に浮き足立っていた。

 

「いやあ、こないだの会議でも寝てしまってすごい怒られたじゃないですか?病気だって分かったんで、今後は堂々と寝れますねぇ。」

 

「アホか!病気って診断されたわけじゃあるめえが。」

 

「いや、多分病気ですよ。オレなんとなく分かるんですよ。」

 

「だとしたら、今後は会議に出らんでええよ。」

 

「ああ、待ってください!すみません。分かりました。病気と闘います。」

 

「睡魔と闘えや!」

 

で、後日彼は病院に行き、見事にナルコレプシーの診断を下された。 彼はうれしそうに中洲のお姉ちゃんたちに自分の病名を自慢していた。横で聞いていた私はただただあきれるしかなかったのだが、彼はずっとその自慢話のときに、こう言っていたんだ。

 

「オレさ、ナルシストなんだよね。」

 

間違ってるからね。全然違うよ、その病名。ほら、女の子たちポカーンとしてるじゃない。

 

ネゴトハ、ネテイエ

 

合掌

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