サブマリン


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 未成年の少年が何かしらの犯罪を犯すと、もちろん大人と同様に警察に捕まる。だが大人と違ってそれは「逮捕」と呼ばれず「補導」と呼ばれる。大人は罪を犯すと罰が待っているが未成年の少年たちには「更生」の道が待っている。更生することが前提のため裁判で罰を決めたりしない。家庭裁判所でどのような指導方法が適しているか判断される。家裁には調査官と呼ばれる人たちがいて警察から送り込まれた少年たちを観察し指導方法を決める。

 

罪を犯す少年たちの味方をするわけではないが、煙草を吸ったりシンナーを吸ったりするのは確かに「犯罪」というよりも「行き過ぎた好奇心」であろうし、万引きをするのは「どうしても欲しかったけど親にお小遣いがもらえなかった」もしくは「恥ずかしくてレジに行けなかった」という理由がほとんどだろう。

 

杉山(仮名)は大柄な体格とは対照的に小心者だった。その名字からあだ名は「サンダー」だった。中学2年生になったサンダーは自分が周囲と比べて裕福な家庭の子だということに気がついた。そして年少であったため金持としての振る舞いに謙虚さがなく、周囲から煙たがられることになる。

 

サンダーが金を持っている、という噂はすぐに同じ中学の不良連中に知れることになる。当然のように不良中学生たちはサンダーを人気のないところに呼び出して、自分たちの要求を押し付けた。

 

「エロ本を持って来い。」

 

気の小さなサンダーは断ることができずに、仕方がないので自己所有のエロ本を提供した。だが不良たちの要求はとどまることをしらない。 やがてサンダーのエロ本の在庫は底を突いた。 サンダーは勇気を振り絞って不良たちに訴えた。これ以上のエロ本は僕にはありません、と。 だがそれをすんなり受け入れる不良では、当然なかった。

 

「へってでも持って来い。」

 

「へる」とはサンダーの地元の方言で「万引き」を指す。小心者のサンダーは「へる」ことにはためらいがあった。幸い、サンダーには親からもらった潤沢な資金がある。しぶしぶ本屋に足を運んだサンダーはエロ本コーナーに行き、人気が無いところを見計らって、手にした1冊をレジに持って行こうとした。ところがよく見るとレジに立っているのは若い女性だった。サンダーは悩んだ。悩んだ挙句、エロ本コーナーに料金を置き、そっと学生服の中にエロ本を忍ばせて本屋を立ち去った。だからこの行為は万引きとは異質のものだ。

 

ところが、その一部始終を見ていたおばさんがいた。おばさんはサンダーが陳列棚に料金を置いたところ以外はしっかりと見ていた。本屋を出たところでサンダーは声をかけられる。サンダーはおばさんの声を無視して走り出した。「エロ本を持っていることを見られてしまう!やばい」。サンダーには万引きの自覚はなかった。だがおばさんは逃げたサンダーをみてこう思った。「万引きを認めたようなモンだわ。」

 

おばさんは見た目からは想像がつかないくらいのスピードでサンダーを追いかけた。一方、サンダーは見た目通りの愚鈍な動きで、すぐにおばさんに捕らえられた。本屋の事務所に連れていかれたサンダーは開き直った。

 

「エッチな本を持ってることが、そんなに悪いことですか?」

 

本屋の店長も万引きGメンのおばさんも、サンダーの言葉にあきれてしまった。そしてそれは彼らの神経を逆なでする結果となり、警察と両親を呼ばれることとなった。サンダーは必至で訴えた「金なら払った」と。だが大人たちは、そんなサンダーの声に耳を貸さなかった。

 

家庭裁判所に送致されたサンダーは一人の調査官と出会う。だがここで一つの疑問が残る。この話の中で本当に更生が必要なのは誰だ?ということだ。

 

複雑に入り組んだ人間社会の中で人が人を裁くことが如何に難しいか?それが良く分かる作品がこの伊坂幸太郎の「サブマリン」だ。家裁の調査官、陣内が独自の視点で持論を振りまき、周りも振り回し、自分勝手な解釈で少年たちと向き合う。だが読了後はそんな陣内に憧れ、爽快な気持ちになることは間違いないだろう。

 

この作品は前作の「チルドレン」から読まないと意味が分からない部分がある。だからみんなにはアマゾンで2冊同時に購入して欲しい。

 

そういえばサンダーは結局、保護観察処分で終わったのだが、その事件以来、サンダーの姿を見た人はいない。

 

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