548発目 豪州の青年の話。


ライナーノーツ

 

 

 ケアンズ空港に降り立ったのは現地時間で15時を少し廻った頃だった。 仕事が一段落し、1週間ほど休みが取れたので、妻と二人でやってきた。

 

「長期の休暇でオーストラリアでバカンスかぁ。」

 

まるでセレブリティのような余暇の過ごし方に、早くも満足していた。荷物を受け取り、入国手続きを済ませた我々は、ミックボーリッチドライヴ沿いに停めているレンタカーを目指した。事前に日本で予約していたため、到着便に合わせて現地スタッフが車を持ってきてくれていたんだ。簡単に操作の説明を受けて、車に乗り込んだ。

 

地図を広げ、宿泊するホテルの所在地を確認する。 カーナビゲーションシステムはついてない車種だったが、もともと土地勘に関しては自信があったので問題ではなかった。

 

ミックボーリッチドライヴからエアポートアヴェニューに合流し、南下した後、ハイウェイで更に南下する。キャプテンクックハイウェイからシェリダンストリートを抜け、アプリンストリートが見えたら左折する。ここまでは予定通りだ。 特に渋滞もなく流れもスムーズで30分ほどで目的のホテルに到着した。

 

マントラエスプラネードというホテルは4星のホテルで、エントランスは当然のこと、客室も最高だった。カーテンを開けると海から心地よい潮風が吹いて来る。目の前の道路向こうにはホテルが所有するラグーンが広がり、ラグーンの向こうには海が広がっている。

 

我々は早速着替えを済ませ、ラグーンに向かった。周りには日本人は1人もいなかった。ほとんどが白人で、現地の人か旅行客か見分けはつかない。私は妻とラグーンに寝そべり、夕食までの時間を過ごした。

 

そろそろ、ホテルに戻って夕食に出かけようかという時間になった。夕方の6時だ。陽はまだ高い。よっこらしょ、と腰を上げたところに1人の青年が近づいてきた。

 

「Hi! How are You?」

 

「pretty good! thank you , are you?  」

 

「I’m good ! thank you too!」

 

おお、いけた。英語が通じた。 単純に嬉しかった。 青年はあごひげを蓄え、背がひょろっと高い白人男性だった。

 

「Where did you come from?」

 

彼は屈託のない笑顔で尋ねてきた。

 

「We came from Japan. ‘cos We are Japanese.」

 

とたんに彼の顔が変化した。目つきが少し鋭くなった気がした。

 

「ワタシ、イマ、ニホンゴレンシュウシテマス。 ネクストイヤー ニホンニイクヨテイデス。ワタシニホンデシゴトシマス。」と、英語で言ってきた。

 

なんと、彼は親日家でいずれは日本に永住したいと考えているらしかった。意気投合した私たちは、彼の誘いで現地でも人気のイタリアンレストランに連れて行ってもらうことになった。

 

彼が連れて行ってくれた店はベロケイルイタリアンシーフードレストランという長い名前の店だった。彼は店主と知り合いらしく、二言三言会話を交わすと、屋根のかかった歩道に置いたテーブルに案内された。

 

彼は名前をウィリアムズと名乗った。「Call me Billy!」 どうやらニックネームはビリーらしい。後で分かるのだが、大体、ウィリアムズという名前の人はビリーとかビルって呼ばれるらしい。 日本で言うと渡辺さんが例外なくナベちゃんって呼ばれるのに似ている。

 

ビリーが勧めてくれた料理は、そのどれもが我々夫婦を満足させた。

 

「ところでビリーは日本のどうゆう所が気に入ってるの?」

 

「ワタシハ、イゼンニホンジンニタスケテモライマシタ」

 

どうやら、数年前に旅行で訪れた博多で現地の日本人にとても良くして貰ったらしい。

 

「ソノヒトハ、ハセガワサンデス。 ワタシニ、ニホンゴヲオシエテクレマシタ。」

 

帰国してからも長谷川さんとはメールのやり取りをしながら、日本語を教えてもらってるらしい。

 

「じゃあ、例えば、どんな日本語を覚えたの?」

 

「とんこつ、バリかた、替え玉」

 

全部、ラーメンやん!

 

「ぎゃん、えずかぁ。」

 

大牟田弁やん。

 

「なしか」

 

北九弁やん。

 

「他には?会話は出来ないの?」

 

「あ~、おなごのゴのすば、ねぶりたか~」

 

え?

 

「I can’t understand this mean」

 

どうやら、意味は分からないが、長谷川さんに教えてもらったフレーズらしい。

 

あのね、ビリー。

 

それはね、そのフレーズの意味はね。え~っと、英語でなんて言えば通じるんだろう。

 

ふと、隣を見ると妻が私を見ていた。小さな声で

 

「今のを英訳すると、この人、日本に対して失望するんやない?」

 

そうだな。私はビリーに嘘をついた。

 

「それは、女の子を褒めるときに使うフレーズだよ。」

 

と告げた。

 

もしかしたら、それから数年後に福岡を訪れたオーストラリ人が、女性を褒めるたびに「ゴのすば、ねぶりたか~」って言っている姿を想像したら、とても悪いことをしている気がした。 見知らぬ長谷川さんに腹が立ってきた。

 

福岡以外に居住している読者は意味が分からないだろうが、ここに書く勇気は、私には無い。

 

ケアンズの抜けるような青空は、私をちょっぴり、センチメンタルにした。

 

ゴンノス。ネブルナヨ。

 

合掌

 

 

 

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