545発目 探し物の話。


夢の中へ

 あるはずの物が見つからない。 そんな出来事に遭遇することは多々あるのではなかろうか? その日も朝から雪が降っており、天気予報では札幌の日中の最高気温はマイナス3℃とか、信じられないことを言っている。 朝の洗顔でさえ、氷よりも冷たい水を掬う両手が、そして顔面が悲鳴をあげている。

 

私の仕事は事務所でチマチマやるよりも、表に出て現場であ~だこ~だとやることの方が多い。その日も、3件ほど現場での仕事の予定があった。最高でもマイナス3℃ということは下手したらマイナス5℃になったりとか、それでなくても冷たい強風と雪とで私の全身を冷やしてくれるだろうことは、容易に想像がついた。

 

もとより、生来の寒がりが起因して、12月初旬からパッチが手放せない。 いや、足放せないと言う方が正しいのか? つまり私はズボンを2枚重ね着している状態で仕事に臨んでいる。

 

パッチという言い方で通じないのであれば、ズボン下?もしくは股引(ももひき)と言った方がなじみのある方も多いだろう。

 

午後2時15分前。約束どおりの時間に約束どおりの場所に赴いた私は、強風の中、コンビニエンスストアの軒下で雪を避けながら相手を待った。 約束の時間は2時であるから、先方が遅れているわけではない。だが車の中で待っていて気がつかない可能性を考慮した。だから外で待つことにした。 案の定、車を降りて1分で、私の車は真っ白に雪で染まり、どこに何があるか分からないほどの「白の世界」になった。 銀世界ではない。 真っ白な世界だ。 寒さを凌ぐために缶コーヒーを抱え込むようにしてすすっていた。

 

腕時計を確認する。 もう30分ほど待った気がするが、まだ約束の時間までは10分ある。

 

「まだ、5分しか経ってないのか。」

 

と、一人ごちる。 背中がブルっと震え、猛烈な尿意に襲われた。 コンビニエンスストアの中に入り、トイレを借りることにした。 トイレに入る直前にガラス越しに外を見ると、約束の相手と思しき車が入ってくるところだった。

 

「おしっこだから1分で終わるだろう。先に・・」

 

自分が早く来たという事実を忘れ、俺も待ったんだから、少しくらいいいだろう、という甘えと、膀胱が破裂しそうだという理由で、私は小便を優先させた。 大丈夫。1分もかからない。

 

ソレはまったくの驕りで、私の小便は1分では終わらなかった。

 

トイレに入り、急いでチャックを下ろす。左手でチャックの下の部分に手を添える。そう、まるでバスケットのフリースローのように。左手は添えるだけ。

 

右手でまず、ワイシャツの裾をかき分ける。それから分けたワイシャツを右手の親指で押さえ、今度はパッチの窓を探す。ゴソゴソとやって、ようやく見つかった。パッチにはチャックはついてない。今度はそこをもう一度親指で押さえ、さらには先ほどの左手でもうまく押さえる。

 

「何分経った?」

 

時計を見ようにも左手は使用中だ。仕方ない、作業を進めよう。パッチの穴から今度は器用に下着の裾をたくし上げる。 この場合の下着はワイシャツの下に着ているヒートテックと呼ばれる長袖のTシャツだ。 よいしょよいしょと裾をたくし上げ、今度はようやくパンツの穴を探すことになる。 いや、穴というより窓と言う方が相応しいか? パンツの窓が無い。

 

そ、そんなはずは・・・

 

あせりはイチモツだ。いや、失礼、禁物だ。 あせればあせるほど、イチモツが出てこなくなるぞ。 ごそごそと右手の人差し指で窓を探す。

 

考えてみれば、この人差し指というのもおかしな呼び名だな、と思う。 だって人差し指で人を指すのは失礼なんだろ? 私はこの指を使うのは鼻くそをほじるときと、おしっこの窓を捜すときだけだぞ。

 

話がそれた。

 

ようやく見つかった窓をあけ、今度は、今度こそ、イチモツをだそうとする。

 

 

ない!

 

ああ、そうか。寒さで縮こまってるんだな。 ほ~ら、怖くないから出ておいで。

 

 

こうして、私は5分以上の格闘の末、ようやく小便をすることができた。

 

ふと、あの歌を思い出した。井上陽水の「夢の中へ」だ。机の中も鞄の中も探したけれど見つからないのに、まだまだ探す気ですか?

 

そりゃそうだ、探し出して用を足さないと、どえらい目に遭うからな。

 

急いで用を足し、コンビニエンスストアから飛び出し、先方に遅れた侘びを入れ、仕事に戻ろうとした。

 

「どうしたんですか?ヤマシタさん。汗びっしょりですね。」

 

「いや、ちょっと用を足してたんで・・・」

 

いや、こう言うと「うんこ」だと思われる。それはマズイ。私は慌てて言い換えた。

 

「ちょっと探し物をしてました。」

 

「見つかりましたか。」

 

「え?」

 

彼は確かに「見つかりましたか?」と言った。間違いない。だが、そのときの私にはこう聞こえたのだ。

 

「それより僕と踊りませんか?」

 

ああ、夢の中へ行ってみたい。

 

メイキョクガダイナシ

 

合掌

 

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