537発目 真剣な話。


ライナーノーツ

 札幌市内のホテルで開催された会合には、大手企業の支社長や、地場の企業の社長などが参列していた。私がそこにいること自体、場違いな気もしたが周囲の人たちは案に相違して優しく接してくれた。いわゆる異業種交流会のようなその会合は、様々な業種の幹部社員たちが食事をしながら意見を交換し合ったり、情報を交換し合ったりする。 その場で新たなビジネスが生まれることもしばしばだ。

 

受付で会費を払った私に渡されたのはアルファベットで「G」と書かれた小さな紙片だった。これは「G」というテーブルに座りなさいという意味だ。 私は係りの案内にしたがってGテーブルに向かった。すでに着席している3名と名刺交換をしながら挨拶を済ませた。名刺を見ると誰もが知っているような企業名と、支社長、支店長、代表取締役などのそうそうたる肩書きが見て取れた。3名とも私より年配だ。テーブルはあと4つ空いている。

 

ああ、あと4人も来るのか、と暗澹たる気持ちになる。ところが最後の最後まで私の左側は空いていた。私より後から来た3名は既に来ていた3名とは既知のようで、名刺交換もせずに、やあやあ、と気さくな挨拶を交わしていた。 当然、私は立ち上がって名刺を差し出しながらお辞儀をする。

 

この3名も地場企業の社長達だった。

 

そして最後の1名が開宴時間ぎりぎりにやってきた。 驚いたことに、最後の1名は女性だった。年齢も私より若く見える。 私は立ち上がり名刺交換と挨拶をした。名刺にはオカダという名前と肩書きが書いていた。 彼女は他の6名にも挨拶と名刺交換をし、ぐるっとテーブルを1周廻って私の左側に戻ってきた。

 

「ヤマシタさんは、この会は初めてなんですか?」

 

透き通るような白い肌の彼女は声も美しかった。長い睫が魅力的でもある。

 

「そうなんです。皆様すごい肩書きの肩ばかりで、いささか緊張してます。」

 

「私もなんですよ。でもヤマシタさんくらいの若い方がいてちょっとホッとしてます。」

 

「私はそんなに若くないですよ。あ、でもここにいるお歴々に比べると若いかも?」

 

「うふふ、そうですね。」

 

「失礼ですが岡田さんの会社は女性の管理職って多いのですか?」

 

私は慎重に質問した。例えば、女性なのに管理職ってすごいですね、と言うと、それは却って失礼になると思ったのだ。

 

「いえ、今のところ私だけです。ただ、来年くらいにもう1人管理職になりそうな子も出てきました。なんだか自分のことのように喜びました。やっと仲間が出来るって。」

 

「そうですか。女性の社会進出がマスコミでも取り上げられてますけど、現実はまだまだなんですね。」

 

「そうですね。でも多分、女性側も良くないんだと思います。 男性に負けないようにって気を張りすぎなんです。私も2年くらい前までそうでした。でも、違うんですよね。男性と張り合ったって勝てっこないんですよ。だから私は女性ならではの、女性にしか出来ないことをやって行こうって決めて。それくらいから成績も上がりだして、会社も認めてくれだしたんです。」

 

私達の会話を聞いていた彼女の左隣のオジサマがビール瓶を片手に会話に加わってきた。

 

「ささ、オカダさん、どうぞどうぞ。いやあ、女性がいるだけでテーブルが華やかになりますなぁ。オカダさんはおいくつなんですか?あ!女性に年齢を聞くのはタブーか!失敬、失敬」

 

「いえ、年齢は36歳です。」

 

「へえ、ヤマシタさんは?」

 

「私は45歳です。」

 

「いやあ、お二人とも若い! どうぞ、今日は熱い談義をたっぷりと交わしていってください。」

 

オジサマは年齢を聞いて興味をなくしたのか、ビールを注いだら席を立ち別のテーブルに立ち去った。

 

「年齢を聞かれることって多いんですか?」

 

私は聞いてみた。

 

「そうですね。年齢と、結婚してるかどうかは必ず聞かれます。あ、独身です。」

 

「やはり女性だからって目で見られるんですね。私は年齢も聞かれたことないし、ほとんどの人が結婚してる前提で話してきますよ。子供は何人だ?とか、単身赴任なのか?とかね。」

 

「今の企業のお偉いさんってほとんどの人がデリカシーがないんですよ。あ、これ言っちゃうと悪口になっちゃうか。でもデリカシーはないけど仕事はできる人が多いです。 そんな人たちの話を聞くだけでも勉強になるので、この会に参加したんです。」

 

「勉強熱心ですね。 私なんてオッサンの過去の自慢話を聞かされて辟易としてますよ。そうか、勉強するつもりで聞けば、また違った結果が生まれるかもしれませんね。」

 

ふと、気がつくとオカダさんの隣に別の男性が背を向けて座っている。彼女はこっそりその男性を指差して、

 

「となりの方、あの有名な〇〇さんですよ。」

 

と教えてくれた。 その名前には私も聞き覚えがある。様々な企業のコンサルをし、業績を上げてきた実績のある有名な方だ。 多くの企業の社内研修に講師で呼ばれてるような方だ。

 

「どんな話をしているかコッソリ聞いて、教えてくださいよ。」

 

私は彼女に頼んでみた。彼女は親指を突き出し、口パクで「オーケー」と合図した。

 

その間に、私はテーブルに並べられた食事を摂る事にした。彼女も食事をしながら隣の男性達の会話に耳を傾けている。男性の会話の相手も腕を組み、難しい顔をして、時折うんうんとうなづいている。一体、どんな話をしているのだろう?私はとても興味が湧いた。彼女に途中経過でもいいから教えてもらおうかと思った。

 

一段落したのか、その有名な〇〇さんは席を立ちその場から去った。 彼女はナイフとフォークを置き私に向き直った。 いよいよか。私は彼女の言葉を待った。

 

「どんな会話だったと思います?」

 

私は考えて一つの答えを出した。

 

「多分、北海道新幹線の未来について!じゃ無いですか?」

 

彼女は首を横に振る。

 

「じゃあ、年明けからの原油価格の下落の影響とか?」

 

彼女はこれにも首を振る。

 

「中間管理職の使い方?」

 

だめだ。これも不正解。

 

「降参です。もう思いつきません。」

 

彼女は私に少し近づいて、いたずらな笑みをこぼした。 ふわっといい香りがしたのは彼女のシャンプーかリンスの匂いだろう。

 

「SMAPの解散の真相についてでした。」

 

え?

 

「SMAPは解散しないそうです。すべては仕組まれたシナリオだとおっしゃってました。」

 

「え?ホントに?」

 

「はい。」

 

「あの人たちって、いくつくらいなんですかね?」

 

「多分、60くらいですね。そして既婚。」

 

「60のオッサンがする会話ですか、それ?」

 

「そうですね。がっかりです。」

 

確かに私もがっかりした。すると私の右隣のオジサマが話しかけてきた。

 

「いやいやいや、お若い二人も盛り上がってますな。何のお話をしてるんですか?」

 

「ああ、高齢化社会問題です。」

 

私はごまかした。まんざら嘘ではない。

 

「ほほう。難しい話をしてますなぁ。私も今年で65歳ですから、高齢化社会の一因ですな。 ところで、お二人はお若いから詳しいでしょう?ひとつ教えてもらいたいことがあるんですが・・」

 

「何を、ですか?」

 

オジサマは真剣な表情でこう言った。

 

「SMAPは解散しますかね?」

 

 

オマエモカ!

 

合掌

 

 

 

 

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