うらおもて 第10話


本db

新宿に着いた亀は車を靖国通りからマルイの裏に進入し停めた。八島を車に残し、西へ向かった。花園神社を通り抜け新宿ゴールデン街の一角にあるおでん屋に入る。店内に客はいない。壁の上に置かれている小さなテレビを見ていた店主は亀の顔を認めると無言でテレビを消した。入口の鍵を閉め無言で2階へ上がって行った。亀も無言で付いて行く。店の2階は店主の自宅となっている。黙って上がると店主は奥の和室で胡坐をかいて煙草に火をつけた。

 

「お久しぶりです。」

 

「ウサギがやられたらしいな?」

 

「ええ、そして殺ったサカナも殺られました。」

 

「縛ってズドンだろ?」

 

「はい。誰か分かりますか?」

 

「手口は多分、あれだな、桐谷って呼ばれてる奴だ。本名かどうかも分からねえし、今もその名前を使ってるかどうかも分からねえ。ここに来たのも10年ぶりだぜ。」

 

「10年。私が現場を退いたのとほぼ同時期ですね。誰が雇ったのか分かりますか?」

 

「誰かは分かんねえが、桐谷は堺って奴の居場所を知りたがってたな。」

 

「堺・・・・。」

 

「知らねえか?洗濯屋だよ、洗濯屋。ほら普段はどっかで喫茶店やってるっていう、あいつだよ。ただ、今あいつは香港に行ってるけどな。」

 

洗濯屋とはいわゆるマネーロンダリングを請け負う仕事だ。収入として計上できないお金をなんとか表に出したい、つまり使いたい時に洗濯が必要となる。

 

最も、簡単な洗い方はまず、ダミーの会社から1個日本円にして5円くらいの物を1000円で買う。洗いたいお金が1億円だとすると10万個ほど買えばいいだろう。このダミーの会社に裏金で払う。けど売れないから別の会社に売る。まあ、その別の会社も仲間内であることが多いが、そこに1個100円で売れば9000万円の損になる。損金で計上できるし、正式な取引として香港の会社にもお金が振り込まれる。アメックスカードか何かを作って引き落としの口座を香港のダミー会社の口座にしておけば振り込んだ1億円を自由に使える。

 

そうゆうことを指南するのが堺の主な仕事だった。清宮はいわば実行犯だ。そして洗ってほしいお金を持ってくるのが清宮の主な仕事だった。清宮は政治家が闇献金を受けた時に堺に洗わせて表の金にして政治家に戻す、そこで手数料を取っていた。

 

おでんやの店主によると堺は香港に行っている。では何故、亀と八島が狙われたのか?狙ったのは桐谷という男なのか?

 

「桐谷に会うにはどうしたらいいですか?」

 

「さあな。今頃は香港に行ってんじゃねえのか?」

 

「桐谷の立ち回り先とかはご存じないですか?」

 

店主は2本目の煙草に火をつけて黙った。天井に向かって煙を吹くとチラリと亀の方を見た。もう話すことはないという意味だった。亀は黙って立ち上がるとお辞儀をし階段を下りた。来た道を戻りマルイの脇まで来て車がないことに気が付いた。

 

「あれ?」

 

車を停めたあたりの電柱にピンクの付箋が貼ってあった。亀は急いで東京メトロ副都心の駅に向かった。地下鉄で池袋まで行くと改札を駆け抜け、地上に上がった。歩行者用信号は赤になっていたが、無視してビックカメラの方へ渡る。地下通路からの出入り口付近にある公衆電話ボックスに入るとやはりピンクの付箋が貼ってあった。さっきと違って付箋にはこう書いてあった。

 

『洗濯屋』

 

亀はもう一度新宿のおでん屋へ向かった。今度はタクシーを使った。花園神社の所でタクシーを待たせると店まで走った。おでん屋の引き戸を乱暴に開ける。客はいない。ただ店主がテレビから目を離さず紙切れを寄越した。紙切れには喫茶店の名前が書いている。住所は清瀬だ。店主は右手の人差し指をクイクイっと動かした。亀は財布から1万円札を3枚取り出して店主に渡した。店主は満足そうに煙草の煙を吸い込み、そして吐き出した。

 

亀は待たせていたタクシーまで戻ると運転手に行き先を告げた。電車の方が速いかもしれないが、途中で電話もしたかったからだ。 携帯電話を取り出すと亀はあらかじめ登録していた番号を呼び出し、そこにかけた。しばらくして相手が出る。

 

「もしもし、箱を一つ届けてもらいたいんですが。」

 

「どちらさま?」

 

「亀と言います。」

 

「箱はもうなくなりましたよ。」

 

「代わりの品物はないですか?」

 

「桐の箱ならありますが、今、出払ってます。」

 

亀はピクリと反応した。亀が電話をかけた先は以前、サカナがつぶしたと噂される組織の連絡係だった。噂どおり箱はなくなったようだ。つまり、消されたと言うことだ。代わりの品物が桐の箱というのが引っかかった。 おでん屋の店主が言っていた名前が桐谷だ。同一人物か?

 

「箱の持ち主と桐の箱の持ち主は同じ人?」

 

「ええ。」

 

サカナがつぶしたと噂の組織はなくなってなかったのだ。亀は電話を切って考えた。サカナは堺の依頼でウサギさんを狙っていた。そのサカナを箱を始末された持ち主が狙っていた。それが桐谷か?桐谷は雑居ビルでサカナを始末した。そしてどういう訳か亀との連絡方法を知った。あの方法はサカナと亀しか知らないはずだ。でも実際、桐谷は亀にピンクの付箋で連絡して来た。そして今日、清瀬の駅から車で亀たちの後をつけ、新宿のマルイから車ごと八島を連れ去った。まだ桐谷が敵か味方か分からない。そうこうしているうちにタクシーは清瀬駅に着いた。 料金を払い亀は車を降りる。ロータリーには亀が借りていたレンタカーが停めてあった。車が停めてある場所に喫茶店もある。亀は喫茶店へ向かった。

 

ツヅク

 

合掌

 

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