530発目 ボリュームの話。


お静かに

 

『本当に大事なことは

小さな声でも相手に届く』

 

と言ったのは、

どこの誰だか知らないが

言いえて妙だな。

 

声の大きい人が苦手だ。

 

何だか恫喝されてるような

気分になり、恐ろしい。

 

この距離なのに

その声の大きさ?

周囲のことが

目に入ってないのか?

 

 

札幌市でもハイソサエティな

地区として人気のある円山地区には

お洒落なカフェがたくさんある。

 

店内には暇を持て余した

マダムがわんさか集っている。

 

本来なら私のような者が

近づくべき場所では

ないのだが、お客様からの

指定となれば仕方がない。

 

カチャカチャとカップと

ソーサーの触れ合う音と

それぞれの会話を消し去る

バックグラウンドミュージックが

余計に私を居づらくさせる。

 

携帯電話に着信があった。

とてもじゃないが店内で

電話をする雰囲気でもない。

私は慌てて店外に飛び出した。

 

「もしもし」

 

「あ、ヤマシタさん?」

 

突然の大声に電話を耳から離す。

 

「はい。ご指定の場所で

お待ちしてますよ。」

 

「ごめん、急な来客で

出るのが遅くなったんだ。

30分くらい待てるかな?」

 

「はい、結構ですよ。

気をつけていらしてください。」

 

私は冷静に対応する。

待つことは、さほど嫌いじゃない。

いつ来るか分からない人を

待つのは嫌いだが、彼は

30分後に来ると言っている。

 

コチラの立場としては

契約をしてもらいたい

相手なだけに、卑屈とまでは

行かないまでも、出来るだけ

先方の要望をかなえるべきだ、と

営業のカンが働くのだ。

 

丁度、読みかけの小説を

鞄に入れている。

しかもこのカフェは

読書するにはもってこいの

静寂さだ。

 

私は店内に戻り、店員に

話しかける。

 

待ち合わせ相手から

連絡があり30分ほど

遅れるそうだが、それまで

ここで待たしてもらう旨を

伝える。店員は嫌そうな顔を

一つも見せずにコクリと

うなづく。

 

私はコーヒー1杯で

粘ってよいとの免罪符を

店員から頂いた。

 

さあ、堂々と本を読むぞ。

 

私の座っている席の横に

濃いサングラスをかけた

おばさんが二人座っていた。

 

あれ?さっきはいなかったのに?

 

ま、いいか。

 

私は鞄から本を取り出した。

 

「そうそう、で、ほら、

あの人、なんだっけ?

俳優さん?いや歌手だっけ?」

 

濃いサングラスで真っ赤な

コートを着たおばさんが

突然大きな声で話し出した。

 

「え?どっち?俳優?

それとも歌手?」

 

濃いサングラスで黄色の

セーターを着たおばさんが

話し返す。

 

「ほら、最近結婚したさぁ。」

 

「ああ、千原ジュニア?」

 

二人ともが大きな声で

話してる。

私の向こう側、つまり

濃いサングラスのおばさんたちの

真後ろの主婦達が

怪訝そうな顔で睨む。

 

「ちょっと、やあねえ、

大きな声で。今のヒントなら

絶対、福山でしょ?」

 

とでも言いたげだ。

 

私もそちらの上品そうな

主婦達の味方だ。

今のヒントなら福山だろ?

 

「ああ!そうそう

千原ジュニア!」

 

そっちかい!!!!

 

「あなた、千原ジュニアは

お笑いの人よ。」

 

「え?でもこないだ

ドラマに出てたわよ。」

 

「え?何てドラマ?」

 

「タイトルは忘れちゃったけど。

ほらオダギリジョーとか

ともさかりえの出てたヤツよ。」

 

「カタカナばっかりね。」

 

「あら、やだ。ホント。

きゃはははは。」

 

 

ともさかりえ、は平仮名やん。

と突っ込みたかった。

向こうを見ると主婦達が

ギロリと睨んでいる。

 

「ともさかりえ、は平仮名でしょ!」

 

とでも言いたげだ。

 

お客様の誰かが言いつけたのか

店員が近づいてきた。

若くて痩せた女性店員だ。

タレントのように長く伸びた

睫をバサバサと羽ばたかせながら

濃いサングラスのおばさんに

こう告げた。

 

「お客様、申し訳ございません。

他のお客様のご迷惑になるので

もう少し小さな声で会話を

お楽しみください。」

 

 

うん。

いいよ。

完璧な告げ方だよ。

最高だよ、君。

かわいいし、若いし。

 

赤い方の濃いサングラスの

おばさんが

 

「あら、ごめんねぇ。

地声なのよ。これが

一番小さいボリュームなの」

 

と意地悪く言った。

 

「それは失礼しました。」

 

店員はすごすごと

引き下がる。

 

「やだ、あなた、地声って。

そんな地声、大きかったっけ?」

 

黄色い方の濃いサングラスの

おばさんが更に大きな声で

まくしたてる。

 

「こんなだわよ。いつも。

これ以上小さくなんて

出来ないわよ。

私よりあなたの方が

声大きいわよね?ひゃっははは」

 

ああ、上品そうな主婦達が

私を見ている。気がする。

 

あなた、味方でしょ?

そのババアたちに

言って頂戴!

うるさいって!

 

とでも言いたそうな

顔で見つめられた。

 

いえ。

私はこの手のおばさんに

関わりたくないのです。

ごめんなさい。

 

べべべべべべべ!

 

突如、ものすごい大きな音が

店内に鳴り響いた。

 

赤い方の濃いサングラスの

おばさんが鞄から携帯電話を

取り出す。

 

着信音かい!

 

電話の液晶を見て

赤い方の濃いサングラスの

おばさんに目で合図した。

 

「やば、息子。」

 

そう言って電話を受けた。

 

 

 

「モシモシ」

 

 

 

その日、店内に居た

誰よりも小さな声だった。

 

 

デキルヤン

 

合掌

“530発目 ボリュームの話。” への1件の返信

  1.   「大事な事は・・・」

      響野さんの言葉 だろね?

       本人は、、大声と認識してない だろケド・・・

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