529発目 忙しい時にされる話。



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地元の2コ下にタカシという男がいた。ボクや同じ町内のみんなは「タカシ」と呼んでいたが、彼のお母さんはタカシのことを「ター坊」と呼んでいた。彼の家に遊びに行くと、母親が「ター坊」と呼ぶたびに、恥ずかしいからか「ババア、その呼び方やめろっち言いよろうが!」と虚勢を張っていた。ボク達はそのやり取りをクスクス笑いながら眺めていた。

 

タカシはボク等とは違う中学に行ったため、しばらくは一緒に過ごすこともなかったが高校に上がったくらいから徐々にグレだして、2年生の夏休みにとうとう中退してしまった。 お母さんは嘆いていた。「うちみたいな貧乏の家庭で育った男が、高校中退なんかして、就職も出来ないし結婚も出来ない。私の人生は終わりだわ。」とウチの母親にもこぼしていたらしい。

 

ところが持ち前の明るさでタカシは見事に就職を決めてきた。 実家から遠く離れた若松区にある車のバッテリーを取り外して海外に輸出する会社だった。 お父さんを早くに亡くしてたので、妹と母親を二人置いて実家を飛び出すのは気が引けたのだろう。片道1時間半を彼は原付バイクで辛抱強く通勤した。

 

就職して最初の1年は彼も多忙だった。ボク等と遊ぶ暇もないくらいだった。だが2年目くらいには仕事の要領をつかんだのか、次第に土日にも休みをもらえるようになっていた。

 

一度だけ、彼のお母さんが息子の仕事ぶりを見たいから、と言って私に職場まで車で連れて行ってくれと言うので、こっそり連れて行ったことがある。職場でのタカシは実に生き生きとしていて、まさに水を得たサカナのようだった。社長と思しき年配の男性に、「ター坊、そろそろ休憩していいぞ!」と声を掛けられてるのを見た彼のお母さんは喜んでいた。

 

「職場でター坊って言われてるなんて」

 

帰りの車の中でもしきりに「職場でター坊って言われてるなんて」とつぶやいていた。 あまりにも何度もつぶやくので、ちょっとした呪文じゃないか?と思えるほどだった。車を降りるときにおばちゃんは、ボクに「今日のことは内緒にしててね」と言って、ワンカップ大関をくれた。 ボクはまだ19歳だったから断ったのだが、「おばちゃんの気持ちだから受け取って」と言い、グイっと私の胸に押し当てた。

 

その後、ボクは大学進学のため故郷を飛び出した。だからタカシとはそれ以来、会ってない。でも数年前に実家に帰ったときに実家の近くでばったり会った。そのときにメール交換をした。

 

「お前、おばちゃんはお前のこといまだにター坊っち呼びよるんか?」

 

そう尋ねたボクにタカシは照れくさそうにこう答えた。

 

「そうやね、嫁さんと母ちゃんくらいやね。オレのことター坊っち呼ぶのは。」

 

私は携帯電話に彼のメールアドレスを登録する際、こっそりとター坊という登録名にした。

 

1年ぐらいはメールのやり取りをしていた。タカシはいつもふざけた画像を送ってきてはボクを楽しませてくれた。3年位前からは動画を送りつけて来だした。それもまあまあ笑えるふざけた動画だった。バナナを噛まずに食べる、とか。空港の手荷物検査場で、コレは何かと聞かれ「冥土の土産です」と答えるシーンや。そのどれもがいつもボクを楽しませてくれてた。

 

1年前くらいからは、メールのペースも滞りがちになり、またネタも底を尽きたのか、たった一言だけを送ってくるようになった。

 

「チョーヨンピルのチョーって超やったっけ?」とか、

 

「魚町銀天街でランバラルを見た」 とか

 

「青年会議所に老人がおった。」 とかだ。

 

そして今、まさに私が多忙でイライラしているところに、こんなメールが来た。

 

「ター坊は多忙」

 

ほんのり殺意が湧いてきた。

 

イソガシイナラメールスルナ!

 

合掌



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