うらおもて 第7話


本db

慎重になっていたが、心のどこかで油断していたのだろう。背後から忍び寄る気配を察知した時には、遅かった。鉄製の網のようなものを頭からすっぽりと被らされ、あっという間に口に両手を拘束された。

 

「お前、ウサギって言うらしいな?やっぱウサギを捕まえるときは網じゃねえとな。雰囲気がでねぇ。亀が言ってたぜ。近づかれなけりゃお前に負けることはねえってよ。」

 

薄暗い路地で後ろ手にされたウサギは黙ったまま男を見上げた。

 

「清宮か?」

 

かろうじてその一言を発したウサギは、行った後に気が付いた。こいつは何も知らされてない実行部隊で雇い主のことなんか知りもしないんだろうな、と。 だが驚いたことに男は雇い主について知っていた。

 

「ああ、スポンサーだろ? 多分な。そいつが喫茶店のマスターに頼んで、マスターが俺に頼んだってわけだよ。悪いけどよ、どうやらお前は知らなくていいことを知りすぎたみたいだぜ。残念だな。」

 

「どうやって私にたどり着いた?」

 

「亀が探してくれたよ。」

 

「そうか。あいつは優秀か?」

 

「ああ、お前のことも3日くらいで見つけてきたぜ。 あ、そういえばお前、箱ってやつ知ってるか?」

 

サカナはそう言ってウサギの顔を覗き込もうとしてしゃがんだ。

 

「ああ、それにしてもよくしゃべる男だな君は。」

 

「うるせえな、分かったよ。おしゃべりは止めだ。今・・・」

 

ウサギは口の中に仕込んでいた針を網目の隙間からサカナの左目めがけて吐き出した。

 

サカナは避けることができなかったが、その瞬間にはウサギの眉間に向けて銃弾を1発、打ち込んでいた。ぐったりしたウサギの頸動脈に手を当て脈がないことを確認し、左目に刺さった針を抜いた。亀の言う通りだった。油断すべきではなかった。ひとまずサカナはカバンから解毒剤を取り出し飲んだ。サカナは動かなくなったウサギを抱え上げると停めていた車に乗せ、ウサギの自宅の前で放り出した。

 

 

八島家の玄関前は警察とマスコミでごった返していた。静まり返った住宅街は騒然となっていた。すでに主人の遺体は警察が運んで行ったが現場検証は続けられていた。リビングで奈津美と奈津美の息子は警察から事情徴収を受けていた。一通りの聴取が終わると警察は帰って行った。それでもまだ外は騒がしい。奈津美の息子は玄関から外に出て、集まった人々に対して深々と頭を下げた。

 

「お騒がせして申し訳ありません。たった今、事情聴取が終わりました。どうぞご近所のご迷惑になるので今日のところはお引き取りください。」

 

頭を上げたところで、右の方の視界の奥に見覚えのある男の姿が見えた。誰だかは思い出せなかった。マスコミの連中はライトを消し撤収作業に取り掛かりだした。それをみたやじ馬たちもポツリポツリとその場を離れだした。玄関の方から奈津美の声がした。

 

「秀行、大丈夫?」

 

「ああ、母さん。もうみんな帰りだしたよ。母さんも疲れたろ?今日はゆっくり寝るといいよ。」

 

「寝れるわけないじゃない。それよりもあなたに話しておかなきゃならないことがあるの。」

 

「何?父さんのこと?」

 

「そうよ。とりあえず中に入って。」

 

その時、玄関の外の下屋のところに蜘蛛の巣が張っているのを見つけた秀行は、先ほどの男を思い出した。急いで振り返ると、奈津美にすぐ戻るとだけ言って走り出した。先ほどの場所にまだ男は立っていた。

 

「はあ、はあ、はあ。」

 

「や、やあ。お久しぶりです。あの時は助けてくれてありがとう。」

 

「やっぱ、そうか。亀さん、だよね?」

 

「はい、ウサギさんは死んでしまったんですか?」

 

「ウサギさん?」

 

「あなたのお父さんです。」

 

「え?ウチの父のことを知ってるの?君は一体、誰なんだい?」

 

「あなたは何も知らないんですね。分かりました。今日は遅いのでまた私があなたの前に現れます。その時にすべてお話しします。」

 

そう言って、あっという間に亀はいなくなった。 しかたなく家に戻るとリビングでは母が待っていた。

 

「警察から電話があったわ。司法解剖からお父さんが戻ってくるのは4日後らしいの。だからお通夜と告別式はそれからね。」

 

「ああ、母さん、さっき言ってた話って?」

 

「喪主は私じゃなくてあなたにやって欲しいの。」

 

「どうして?ふつうは母さんがやるもんじゃないの?ま、別に俺がやってもいいんだけど。」

 

「実はあなたと私は本当の親子じゃないの。お父さんと私は再婚同士なのよ。ずっと黙っててごめんなさい。お父さんは私には、はっきりと教えてくれなかったけど、あなたの本当のお母さんは、あなたを生んですぐに亡くなったらしいの。」

 

秀行は言葉が出なかった。 なにもかも分からない事だらけだ。父が死んで悲しむより、父が死んだことで色々な事実が発覚し、訳が分からなくなっている。鍵を握っているのは亀だ。秀行は亀に会いに行く決心をした。彼なら何か知っているだろう。 そういえば、さっきは父のことを「ウサギさん」と呼んでいた。何なんだ?一体。 何が起こってるんだ? 目の前でひれ伏して泣いている母親を抱き起こし、かろうじて言えた一言はなんとも虚しい一言だった。

 

「ボクの母さんは母さんだけだよ。」

 

ツヅク

 

合掌

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