519発目 冷や汗が止まらない話。


ライナーノーツ

 

初めて訪れたこの店は、

間接照明で程よい明るさを

演出しており、壁紙や

カウンターに使われている

木材なども店主の好みだろう、

こだわった雰囲気が随所に

見てとれる。

 

職業柄、店舗の内装と

広さ、立地からオープンに

際し、いくらくらいの投資を

したのかが気になり、

ざっくりと概算してみる。

 

店舗自体はさほど広くない。

奥行きが10m幅が6mくらい。

つまり床面積が60㎡か。

 

このあたりの賃料相場は

坪当たり15,000円だから

賃料は消費税込みで

およそ300,000円。

 

敷金かもしくは権利金が

8か月分と仲介手数料が

家賃の1か月分で

内装費が約500万円に

什器備品が300万円。

 

キッチンは300万円以上

かかってそうだな。

 

あとは何やかんやの

雑費も含めて、ズバリ

1,500万円くらいじゃないかな?

 

で、アルバイトが3人と

厨房に2人のコックに

店長と思しきオッサン。

 

5人分の給料を軌道に乗るまでの

6か月分用意したとして

約500万円かあ。

 

2,000万円の資本金を

全額借り入れしてたとして

金利にもよるが返済額は

月々15万円ほどか?

 

お客さんが満員だとして

およそ25人入るだろ?

客単価が5,000円だとして

客の回転が一日あたり

3回転だったら375,000円で

月25日稼動させて9,375,000円。

ま、客が少ない日もあるだろうし

平均すると、これの7掛けか?

そしたら6,562,500円。

これが月の売上か。

 

バイトの給料が1人10万円として

3人いるから30万円。

コック二人の給料が合わせて

50万円、材料の仕入代が

売上の30%としても1,875,000円。

電機水道ガスの光熱費が

30万円として経費の合計が

3,518,750円かぁ。

 

あれ?304万も余るやん?

店長、月収304万?

 

計算ミスかなぁ。

 

「どうです?ヤマシタさん。

ここ、結構いいでしょ?」

 

私を連れてきてくれた社長が

笑いながら話しかけてきた。

 

「そうですね。料理も

おいしいし。

社長、よくこんな店

ご存知ですね。」

 

「ええ、ここの店長、ほら

あそこにいる髭を生やした

背の高い男、あいつは

私の同級生なんですよ。」

 

「へえ、結構繁盛してるから

儲かってるんでしょうね。」

 

「ここと、もう1店舗やってて

どっちとも、まずまずの

客の入りだって言ってたから

儲かってるでしょうね。」

 

羨ましいか?

羨ましいぞ。

計算ミスを考慮しても

月収200万は確実に

超えてるはずだ。

 

 

「ちょっと失礼」

 

私は用を足しにトイレに

向かった。

 

トイレの装飾はかなり

すごかった。

床も壁も天井も全てが

鏡張りで、用を足す自分の

姿が四方八方に写っている。

 

こんなに居心地の悪い

トイレは生まれて初めてだ。

 

おしいな。

 

店内はステキなのに。

 

奇をてらい過ぎだよ。

 

手を洗うときに、ふと

思い出して財布を見た。

 

いくら持ってたっけ?

 

財布の中には千円札が

一枚だけしか入ってない。

 

あれ?

 

やばい。

 

そうか。荷物の受け取りの

金額を立て替えてたんだ!

降ろすの忘れてた!

 

あ、でも。

 

私は、ほのかな期待を抱いた。

 

社長の友達だから

あの店長が奢ってくれるかも。

儲かってるって言ってたし。

月収200万超えだし。

ま、想像だけど。

 

最悪、社長が奢ってくれる

かな?大丈夫だろう。

 

席に戻ると、店長が

カウンターのところに

来ていた。

 

挨拶をして名刺交換をする。

 

社長が、冗談交じりで

 

「今日は店長の奢りだろ?」

 

と言った。

 

そうだそうだ!

 

「何、言ってんの?

厳しいんだから、経営。

ちゃんと払ってよ。」

 

なんだよ。ちっ。

 

「じゃ、ヤマシタさん、

しょうがないね、割り勘

ということで」

 

 

え?

 

 

え?

 

 

ええええ~?

 

 

マジで~~~?

 

 

無理無理無理。

千円しかないもん!

 

やべっ。

トイレだけじゃなく

この席まで居心地悪く

なってきた。

 

気がつくと腋の下が

汗でびっしょりだった。

 

どうする?

 

どうする?

 

正直に言おう。

 

何て?

 

「社長が奢ると思って

1,000円しか持って

きませんでした」って?

 

それだと奢られる前提で

メシ食いに行こうって

誘ってくるホステスみたいやん!

 

 

まずい。

 

どうする?

 

 

「じゃ、お会計ね。

サービスしとくよ」

 

店長が我々二人の前に

出した請求書には

こう書いてあった。

 

「1000円 2名様」

 

 

 

やるや~ん!

 

店長やるや~ん!

 

とっても粋や~ん!

 

さすが月収200万~!

 

 

「社長、これだったら

ボク奢りますよ。

いやあ、あせった。

実はですね、

お金降ろすの忘れてて

1,000円しか持ってないんすよ。

助かったぁ。社長が

割り勘っておっしゃった時、

マジであせりました。

変な汗、いっぱい出ましたよ。」

 

急に饒舌になるヤマシタ。

 

社長が怪訝そうな顔して

私を見た。

 

そして

 

「いや、だったら

ヤマシタさん、いつもお世話に

なってるから僕が払うよ。」

 

「いや、社長、いいですって。

そうゆう意味じゃないんですって。

すいません、生意気いって、

でもボクが、ここは・・・」

 

「だって1,000円しか

ないんでしょ?」

 

「ええ、だから・・・」

 

 

請求書をもう一度見る。

 

よ~く見ると

 

10000円だった。

 

桁区切りしろよ~!

ちゃんと10,000って

書けよ~。

 

 

腋の下から、まるで

温泉でも掘り当てた

かのように、

汗が噴出してきた。

 

もうワイシャツが

 

ビッショビショ

 

 

合掌

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