506発目 12万の話。


望遠鏡

 

大学生の頃のことだ。

 

とても仲良くしている友人が

いて、バイト先も同じだし

美容院も同じにするくらい

一緒に過ごす時間が長かった。

 

 

それはまるで女子高生が

手を繋いでトイレに行く

感覚と似ているかもしれない。

 

だからといって禁断の

領域に足を踏み入れようと

していたわけでは、

決して無い。

 

そんな仲良しの相手が

向かう先の中で唯一

私が同行をためらう場所が

あった。

 

「友人の友人」宅だ。

 

「友人の友人」というのは

あまりパッとしないヤツで

見るからに不潔で

生理的に嫌いな相手だった。

 

だが、友人がどうしても、

と頼むのでいつも

仕方なく同行していた。

 

 

その日も友人から

あいつの家に行くから

ついて来て、と頼まれ

重い腰を上げ、やれやれとか

言いながらついて行ったんだ。

 

『いつも無理言ってごめん。

俺もあいつの家に1人で

行くのは嫌なんよ。

気持ち悪いやろ?』

 

だったら行かなきゃいいのに。

と思うのだが、仕方が無い。

友人がサボった授業の

ノートを写させてくれるのは

彼だけらしいから。

 

その日も丁度今日みたいに

気持ちの良いくらいの

青空が広がっていて

秋晴れだなぁ、とか

言い合っていた。

 

「友人の友人」宅についたら

すぐに彼はノートを写す

作業に入った。

 

 

 

その作業を待つ間、私は

秋晴れの心地よい風を

感じようとバルコニーに

出てみたんだ。

 

大学のそばの学生用アパートが

立ち並ぶ一角だが、

バルコニーの前は大きな空き地で

とても日当たりが良かった。

 

大きな広い空き地を挟んで

向こう側、つまり私が立つ

真正面に、こちら側に向けて

建てられたアパートがあり、

2階の一部屋の窓が

開いていた。

 

風になびいたカーテンが

ひらりひらりと舞っている。

 

ここからはカーテンのガラまで

はっきりと見える。

 

ガラリと窓が開き、カーテンも

開かれた。

 

どうやら窓際にベッドを

置いているようだ。

開け放たれた窓のところに

ベッドに横たわる人が見えた。

 

私がこのバルコニーに

立っていることには

気がついてないようだ。

下着姿で横たわる人は

白い足をあらわにしていた。

 

私はこの事実を誰にも

告げる気はなかった。

 

一種の独占欲だ。

 

そこで一つの疑問が

私の頭をよぎった。

 

『ホントに女か?あれ。』

 

一度疑いを持つと

確かめないと気がすまない

性分と言うのは誰しもが

もってるだろう?

 

ドキドキしながら半裸の

誰かを気付かれずに

覗いているのに

それが男だった日には

私のアイデンティティが

音を立てて崩れて行くでは

ないか!

 

 

だが、私が安堵の息を

もらすまでそんなに

時間はかからなかった。

 

ベッドの上の人物が

ベッドの上に座りなおしたのだ。

 

その時、彼女は、

そう、彼女だ。

彼女は上半身に何も着けず

まさに半裸の状態だった。

 

白く光る上半身に

ふくよかな乳房を確認した

私は部屋の中の二人に

気付かれないように

小さくガッツポーズをした。

 

それから5分ほどは

彼女の裸体を堪能した。

 

友人が作業を終え

帰ろうと言い出したので

後ろ髪を引かれる思いだったが

素直に従った。

 

また、すぐに会えるさ。

 

そう思っていた。

 

数日後、まるで薬の効き目が

切れたかのように私は

あのバルコニーに行きたく

なっていた。

 

友人に声を掛ける。

 

『ノートを写しに行かんでいいんか?』

 

のんびりと煙草をくゆらしながら

友人は私に笑いかけ

 

『サトルちゃん、俺は改心したんよ。

最近は授業もサボらずに出て

ノートもばっちりよ。

試験も近いしね。』

 

と、のたまった。

 

私は仕方なく友人に説明した。

 

あいつの部屋のバルコニーから

裸の女が見えるということを。

 

これはもう、「友人の友人」にも

情報を共有させ、できれば

好きなときに好きなだけ

あの部屋を覗きにいける、

そうゆう仕組みを作るべきだ!

と思い始めていた。

 

もちろん、私の提案に

友人も同意した。

 

それならば早速、と

「友人の友人」に電話をした。

 

電話で彼の説明を聞いた

「友人の友人」はとても興奮して

喜んだらしい。

 

『だけん、今から行ってよか?』

 

だが、残念なことに

彼は今からバイトだからと

断りを入れてきた。

 

じゃあ、明日な。

 

と翌日の約束を取り付けた。

 

翌日、私は友人と連れ立って

「友人の友人」の家を訪ねた。

 

部屋に入るとバルコニー側の

窓の前に、私の背丈ほどの

望遠鏡が置いていた。

 

ローンで買ってさっき届いた、と。

 

やるじゃねぇか、なんぼした?

 

12万よ。 おお、すげぇ!

 

などとくだらないやり取りが

あったが、我々はすぐに

落ち着きを取り戻し

望遠鏡を覗いた。

 

『右側から3番目の部屋な。』

 

私は正確な位置を指示する。

 

『よし、ピントが合ったぞ。』

 

『おお、見せて見せて!』

 

お目当ての部屋の窓は

今日もば~んと開け放たれている。

 

望遠鏡を覗くと

部屋の中までがくっきりと

見えている。

 

だが、彼女の姿は無く、

変わりに引越し業者の

働く姿が見えた。

 

がっくりと肩を落とす

「友人の友人」を尻目に

私達はそこを立ち去った。

 

そして二度と「友人の友人」宅に

行くことはなかった。

 

アキノヒッコシシーズン

 

合掌

 

 

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